西 吾 妻 山

期日 1998年(平成10年) 10月24日(日)
 


コース・タイム
 JR宇都宮駅東口(6:15) ⇒ 宇都宮IC ⇒ 那須高原SA ⇒ 郡山JCT ⇒ 猪苗代IC ⇒ グランデコ駐車場(8:50)
  グランデコ(9:50) ⇒(ゴンドラリフト)⇒ デコ平(10:05)
    デコ平(10:12) → 西大巓(12:10-25) → 西吾妻山頂上(13:28) → 西吾妻小屋(13:40-14:00) →
       → 西大巓(14:45) → 休憩 → デコ平(16:05)
  デコ平(16:10) ⇒(ゴンドラリフト)⇒ グランデコ(16:25)
 駐車場発(17:15) ⇒ 猪苗代IC ⇒ (郡山ユラックス温泉) ⇒ 磐梯熱海IC ⇒ 郡山JCT ⇒
     ⇒ 那須高原SA ⇒ 宇都宮IC ⇒ JR宇都宮駅東口(21:30)

同行者
 キクさん夫妻,チコ,他に秋山安全登山教室参加者約60人 

 栃木県山岳協会中高年部会の「秋山安全登山教室」に参加した。天気予報は芳しくなく,雨に降られることを予想しての参加だったが,予報ほどには崩れず,比較的快適な山行だった。

 自宅を出たのは5時20分,まだ外は暗い。JR宇都宮駅近くの駐車場前でキクさん夫妻と落ち合う。コンビニで食料を調達するのにつきあって集合場所についたのは6時45分。何組かが集まっていた。

 30人ほど乗れる
マイクロバス2台で出発。参加人数は約60人とのこと。私たちは第4班。夫婦2人連れを集めた班だ。班長,副班長は参加者の中から,その他,山岳協会からコーチが付いた。4班のコーチは「Yさん」という女性。バスの中では例によって自己紹介。それぞれに自慢話など。宇都宮市内で雨がぱらついたが,その後は全く降らず。猪苗代付近まで行くと青空が見えだし,好天の期待が高まった。

 
グランデコスキー場の駐車場へは予定より10分ほど早く着いた。紅葉時期も終わったのか,途中の道路も,駐車場もがら空きに近い状態だった。観光の穴場なのか,それとも悪天候の予報で行楽客が少ないのか。

 
ゴンドラリフトは6人乗り。約15分で,標高差300mを一気に登り,標高1400mのデコ平「ブナブナ駅」まで運んでくれる。もし歩いて登るとなるとたっぷり2時間はかかる。
 
 準備体操をして出発したのは10時10分を回っていた。出発の時間としてはやや遅いが,リフトの営業時間が9時30分からということなので,しかたがない。途中3回の休憩を含め,西大巓まで2時間かかった。(12時10分到着)
  
西大巓頂上は風が強く,リーダーからオーバーズボンを着けるようにと指示が出た。私はまだその必要はないと思ったが,指示に従い,雨具のズボンを履いた。上着は,シャツの上にヤッケを着た。

 西吾妻山頂を目指して歩き出したが,ズボンが足の動きをじゃまし,足を上げるのが辛い。歩き出すと風もおさまってきたので,ヤッケを脱ぎ,ついでズボンも脱いだ。そんなことをしていたので,西吾妻山頂まで1時間もかかり,頂上に着いたのは1時30分だった。この遅れがあとで響いてくることになる。
 山頂は木立に囲まれ,見晴らしは悪い。記念撮影だけで早々に下山し,避難小屋の前で昼食。

 コーチから,昼食時間は20分とういう指示が出た。だれかが「少ない」と不平を言ったら,コーチから「時間がなければ立って食べることもあるんだ」と,注意された。
 全員で記念撮影をし,出発2時。西大巓着2時45分。西大巓への登りの途中で1班の女性が1人,足に痙攣を起こし動けなくなった。山岳協会のメンバーが何人か残り,我々は先を急いだ。リフトの営業終了が4時ということで,間に合わなくなることが心配された。とにかく休憩を少なくし4時に間に合うように急いだ。


 リフトの建物が見えても,なかなか着かない。先発隊が交渉したのか,営業を10分延長するという情報が入った。でも,それさえ危ない状況だ。4時5分にやっと到着した。滑り込みセーフだった。
 けが人は,自力で歩き出し,西大巓を越えて山を下り始めていた。リフトには間に合わなかったが,途中まで,マイクロバスの1台が迎えに山を登っていくことになった。スキー場のメンテナンス用の作業車道路があり,緊急時にはそれを利用できるらしい。我々は,その車が戻るまで駐車場で待機していた。
 駐車場を出たのは5時15分だった。途中「郡山ユラックス」で温泉に入り,汗を流した。1人が温泉から戻るのが遅れ(こんな自分勝手な人が必ずいるものだ),我々の1号車は,2号車に15分も出発が遅れた。

 宇都宮ICから,市内の数カ所で下車する人を降ろしながら,JR宇都宮駅東口に着いたのは9時30分だった。駐車場で車を受け取り,帰宅したのは10時ごろ。

 今回の山行は,いろいろな意味で良い経験だった。

 「昼食なんて時間をかけないのが普通,歩きながらとる場合だってある」と言うコーチのYさんのように,ただ登ることにのみ目的があるような「登り屋」が,山岳会では依然として主流なのだということを思い出させてくれた。私もかつては,ただひたすら,前を歩く人の靴のかかとだけを見ながら歩いた時代もあった。そのときは,それはそれで楽しいと思っていた。しかし,「遊び」としての「山歩き」であれば,もっと別の楽しみもあって良いと思うようになった。コーチも,日程の遅れが気になり,ついあのような言い方になったのだろうと思うが,「中高年部会」ならば,もっと言いようがあったはずだ。

 中高年の山歩きは,体力の衰えに鞭を打って,若者に互して登山をするのが目的ではない。体力の衰えを受け入れた上で,それに合った山の楽しみを味わうのがねらいである。「昼食は昼寝付で1時間」もすばらしい楽しみ方だと思う。

 気ままな山歩きが身に付いてしまった私にとっては,やはり,多少窮屈であったし,「登山とはこういうもの」という決めつけには抵抗も感じた。

 よほど魅力的な行き先でもない限り,今回のような団体登山には「また参加しよう」とは思わないだろう。


ページトップへ