剱 岳 ・ 立 山

期日 2003年(平成15年) 7月30日(水)〜8月2日(土)
 

   
登山口まで

7月30日(水)

  自宅(21:17)⇒伊勢崎IC(22:55)⇒(北関東道路)高崎JCT(関越道)藤岡JCT(上信越道)甘楽SA(23:15)⇒更埴JCT(0:27)⇒

        ⇒姨捨SA(0:36)⇒麻績IC(0:47)⇒⇒県道55⇒大町⇒県道45⇒扇沢駐車場(1:45)  


登 山 
   →( )→ : かっこ内の数字はガイドブックによる標準タイム    地名の下の数字は海抜高度(m)



7月31日(木)

   扇沢(7:30)⇒黒部ダム(7:46)→(15)→黒部湖(8:10)⇒黒部平(8:15-50)⇒大観望(8:57-9:15)⇒室堂(9:25)

        9:55     10:45       12:53-13:17      14:30
        室堂→(60)→雷鳥平分岐→(1:50)→別山乗越→(1:05)→剣山荘(泊)
        2420      2277         2740       2470



8月1日(金)

      4:32     4:55   5:45-6:05    7:22-43    9:26     10:11   10:40-12:20
     剣山荘→(30)→一服剣→(60)→前剣→(1:20)→剣岳→(1:10)→前剣→(30)→一服剣→(20)→剣山荘→
      2470     2618     2813      2998      2813     2618     2470   

          12:20     14:00
         剣山荘→(1:30)→別山乗越(剣御前小舎)(泊)
          2470      2740



8月2日(土)

     4:30     5:02-44   6:35-7:00   8:43-9:12  9:50-55    10:55
    別山乗越→(40)→別山→(55)→真砂岳→(1:20)→雄山→(40)→一の越→(50)→室堂
     2740     2880     2861      3003     2700     2400

   室堂(11:45)⇒大観望(12:05)⇒黒部平(12:20)⇒黒部湖(12:25)→黒部ダム(13:05)⇒扇沢(13:21) 


帰宅

8月2日(土)

   扇沢(13:40)⇒薬師の湯(14:10-15:27)⇒麻積IC(長野道,上信越道,北関東道)伊勢崎IC⇒

    ⇒佐野藤岡IC(東北道,北関東道)壬生IC⇒宇都宮(19:25)



同行者
   チコ

1 プロローグ・室堂まで
 一昨年の7月末,妻と二人で槍の頂上に立ったとき,「次は剱」と密かに決めていた。剱岳は,特別な登攀具を使わないで登れる山としては最も嶮しい山と聞かされており,容易に登れない山であることは十分に承知している。しかしそれだけにまた,惹きつけられる存在でもあるのだ。
 地図を買い,ガイドブックを買って,
剱岳の情報を集めた。インターネットを使ってもいろいろな情報を集める事ができた。調べれば調べるほど,なめてかかれない山であることが分かった。もともと,私も妻も岩場の歩きは好きな方で,高い処もあまり苦にならないのだが,まずは練習を兼ねて,次の年の目標を西穂高岳にした。
 2002年7月,
西穂山荘に宿泊し西穂高岳を目指した。独標から西穂高岳までの岩尾根は,十分に楽しく歩けたし,独標前後の岩場もさほど苦労せずに通過できた。これで剱岳に登る自信がついた。
 2002年の秋から,
剱岳を意識しながら山歩きをしている。近くの里山・古賀志山の岩場でもロープを使わず,三点確保の練習をしながら登り降りしている。体力も,特別に強い方ではないが,スピードさえ上げなければ何とかなる自信もついた。
 当初,この山行は7月30日(水)から8月1日(金)の3日間を予定していた。しかし,今年はなかなか梅雨が明けず,天候回復の予想を基に,日程を1日遅らせることにした。
 7月31日に入山するため,30日の夜に自宅を出発した。自宅から
扇沢の駐車場までは4時間半で着いた。宇都宮から足利を通り,伊勢崎ICから北関東道に入った。北関東道,関越道,上信越道,長野道と繋いで,麻績ICで高速を降り,県道55号で大町へ,さらに県道45号で扇沢まで走った。扇沢の駐車場は,有料駐車場と無料駐車場が並んでいるが,無料の駐車場には,真夜中だというのに,かなりの数の車が停まっていた。さっそく空いているスペースを見つけ,車を停めた。車のライトを消すと,空には満天の星が輝いていた。カシオペア座を探し,北極星を見つけた。星座を見つけるのが難しいほどたくさんの星が見えた。こんなに澄んだ星空を見るのは何年ぶりだろう。明日の好天を確信した。
 車の中で仮眠したが,夜明けは早く,周囲が明るくなったので起きだし,身支度をした。扇沢の駅舎の背後の山に陽が当たり,輝きだしてきた。朝のさわやかな空気が心地よく,早く行動を開始したいのだが,今日は平日のため
7時30分にならないとトロリーバスは動き出さない。6時半には車を離れ,駅へ向かった。アルペンルートのクーポン券を旅行社に手配してあったのだが,結局はクーポン券を乗車券と引き替えなければならず,出札窓口の前に並んで順番を待った。
 トロリーバスの乗車口は2階。再び改札口の前に並んで待った。さすがに,この時間には一般の観光客は少なく,大きなザックを背負った登山者が殆どだった。この時,私たちの後ろに並んでいたのがMさんご夫妻だった。この時はまだ分からなかったのだが,3日間行動を同じにすることになる。




 トロリーバスを黒部ダム駅で降り,ダムサイトの上を歩いて黒部湖駅へ。

.,そこからケーブルカーで黒部平駅へ,更にロープウエイで大観峰へ。


このロープウエイは,このコース唯一の地上(空中)を走る部分で,周囲の景色を見ることができる。大観峰からは再びトンネルのトロリーバスで室堂へ。

 階段を上り,屋上の展望台へ出ると,目の前が急に開け,高原の爽やかな空気と共に,雄大な立山・剱の峰々が目に飛び込んでくる。それにしてもあまりにも多くの観光客に圧倒された。大きなザックを担いでいるのが不釣り合いないくらいにおしゃれな観光客であふれている。




2 別山乗越まで

 時刻は9時30分。陽は高く昇り,強烈に照りつけてくる。大きな雲の塊が頭上を通過していくときだけは爽やかさが戻ってくるが,陽射しは強い。地獄谷を挟んで,これから登る雷鳥沢ルートの登山道が,山腹にジグザグに付けられているのがはっきりと見える。これからあそこを登らなければならないと思うと,自然と口数が少なくなる。

 まず,雷鳥平まで150mほど下らなければならない。この分を登り返さなければならないと思うと,もったいない気がする。 キャンプ場の辺りまで来ると,これから登る登山道が正面に見えてくる。キャンプ場の側を通って浄土沢に架かった橋を渡る。

 登山道を良く見ると,雷鳥沢の雪渓がまだ大きく残っており,その上を歩くようになっている。傾斜もかなりあるように見え,安全に歩けるか心配になってきた。今回は軽アイゼンは持ってきていなかった。良く見ると,右の方に,雪渓を通らない登山道が見える。どちらにしようか迷ったが,先行している登山者は全部が雪渓の方へ行っている。あまり人の通らない道を登るのも別の意味で危険なので,先行者に続く形で雪渓の方へ進んだ。結果的には,雪渓の傾斜が,対岸から眺めたほどにはきつくなく,安全に登ることができた。
 雪渓を登りきり,尾根に着いたところで小休止にしたが,室堂のホテルがまだまだ自分たちより高いところに見える。先ほど下った分が,まだ取り替えされていないのだ。浮き石の多いガレた道をスローペースで登る。素晴らしい景色の中を歩いているのだが,景色を見る余裕は殆ど無い。

 苦労しながらやっとの事で別山乗越の剣御前小舎に着いた。標準タイム1時間50分のところを2時間10分かかった。重い荷物を背負っての登りなのでこのくらいの時間は良い方だ。さっそく剱岳を眺めに奥に進んだが,剱岳はガスに覆われ見ることはできなかった。剣御前小舎には明日泊まる予約をとっている。

3 剣山荘へ

 別山乗越から剣山荘へのルートは3つある。尾根伝いに剱御前を登るコースと剱沢を下り剱沢小屋を通るルート,そして剣御前の山服をトラバースするコースである。今日は最も楽な(と思われる)トラバースコースを行くことにした。
 歩き出すと直ぐに,エゾシオガマ,タカネニガナ,タカネヤハズハハコなど,たくさんの高山植物が目に飛び込んできた。
  
タカネニガナ(左)  タカネヤハズハハコ(中)   ミヤマリンドウ(右)


 イワツメクサ(左)  ハクサンイチゲの群落(右)

 もっとも,
雷鳥沢を登っているときにもたくさんの花が咲いていたのだが,写真を撮ったり,立ち止まって観察する余裕がなかったのだ。

 瞬間,ガスが晴れて
剱岳の頂が姿を現した。このトラバースコースには雪渓が多く残っていたが,雪は柔らかくなっており,危険は無かった。傾斜のあるところでもキックステップを使えば難なく通過できた。剣山荘まで大小8箇所の雪渓を通過した。

 間近で見る剱岳はさすがに迫力満点で,明日への闘志をかき立てられた。足元にはミヤマリンドウ,イワツメクサ,ハクサンイチゲなどが花を付けていた。また,ナナカマドの白い花も,遠くから確認できた。

4 剣山荘
 剣山荘は,剱御前一服剱の鞍部を剱沢の方に少し下ったところにある山小屋で,ガイドブックによれば定員は200人となっている。稜線から少し下ったところにあるため水は豊富で,風呂に入ることもできる。さっそく受付をして部屋に入った。10畳の部屋で定員は10人だという。1畳当たり1人で,布団も10枚敷くことができた。窓際の場所を確保し,着替えをしてから外に出てカンビールで乾杯した。350mlの缶が500円は山小屋の標準的な値段だった。記念にオリジナルTシャツとバッチを購入した。明日の剱岳往復はサブザックで行うため,荷物を分けて準備した。剣山荘のトイレは水洗式で臭いはなく快適だった。ただ,ブースが少ないので,行列ができた。私は,時間をずらして利用した。
 食事の前にビールを飲んだせいか,夕食はあまり進まなかった。明日の朝は朝食を弁当にしてもらい,明るくなり次第に出発することにした。部屋の中で,一緒になった人たちと話をした。10人部屋には
5組の中高年夫婦が入った。ここで,扇沢から一緒だった静岡の富士宮から来たというMさんご夫妻と知り合いになった。3日間私たちとほぼ同じコースを歩く予定だという。話をするに従い,Mさんご夫妻の人柄に惹かれていった。剱岳では前後しながら登ったが,下山後からあとは4人一緒に行動することになった。
いつものことではあるが,熟睡することはなく,うとうとしながら朝になるのを待った。


5 剱岳へ
 3時頃から周囲が騒々しくなる。まだ外は暗いが,ヘッドランプを点けて歩き出す人もいる。私たちも起きだして身支度をし,足元が明るくなるのを待った。4時30分になり,足元が明るくなったので歩き出した。
 
一服剱までは,剣山荘から一気に登る。まだ体が目覚めていないので特にゆっくり歩いた。決して少なくない人が登っているのだが,行列を作るほどではなく,自分のペースで登ることができた。一服剱の頂上からは,これから行く前剱の登山ルートが垂直方向のパノラマとして見渡すことができる。インターネットを通じて手に入れた写真と全く同じ風景が目の前に広がっていた。 一服剱の山頂では御来光を待っている人がたくさんいたが,私たちは先へ進んだ。一服剱から少し先に進んだところで御来光を迎えた。ちょうど五竜岳の頂から陽が昇った周囲の景色が見る見る赤みを増し,精気を与えられる。何度経験しても御来光は感動する。
前剱へ向かって下ったところが武蔵のコルで,ここから前剱へ,ガレた急斜面を約250m登らなければならない。ガレた斜面を上りつめると大岩が現れ,その左を通過すると,間もなく稜線に出る。


大岩のところでこのコース初めてのクサリが登場するのだが,ここはクサリを使わなくても通過できる。
 前剱まで1時間15分ほどかかったが,思ったより時間がかからなかった。ここで,朝食としての弁当を半分だけ食べた。山に持っていく弁当はおむすびのように少しずつ食べられるものが良いが,山小屋でおむすびの弁当を作るところは少なくなっている。
 前劔から,
剣御前を振り返る。朝日が当たって輝いていた。

 前方には剱岳が悠然と構えている。これからが岩歩きの本番だ。

 前剱から剱岳までは岩尾根を歩く。いくつかのピークをクサリ足場ボルトを使って越えていく。 まず始めに現れるクサリ場は「門」と言われるところで,右側の平蔵谷に切れ込む岩の斜面に沿って,クサリを頼りにトラバース気味に登っていく。


高度感はあるものの足場はしっかりしており,恐怖感はない。


 尾根伝いに歩いて平蔵の頭に着く。


 平蔵の頭では,ハクサンシャクナゲの花が出迎えてくれた。
 次のクサリ場は,
ウチワのような薄い岩のこちら側をクサリで登り,反対側をクサリで降りる。ここは行きと帰りのコースが分けられており,それぞれ別々にクサリが設置されている。



 この先が平蔵のコルで,トイレが設置されている。ここでコースは再び,登り・降りに分かれ,登りでは「カニノタテバイ」になる。 ほぼ垂直の17mの登りは,さすがに緊張するが,自分が一流のクライマーになったような気がして興奮する。高度感はあるが,足かかりがしっかりしており,登ること自体は難しくない。私は,クサリを使わずに登ることができた。ただし,クサリを岩に固定するためのボルトは手がかりとして利用させてもらった。


 カニノタテバイを過ぎ,早月尾根からの道を合わせるとまもなく頂上だ。歩いてきた稜線を振り返る


 前剱から1時間15分ほどで頂上に着いた。頂上からはまさに360度の展望が得られる。しかし北方は雲海に覆われ,西の方からもガスがわき始めた。立山も山頂は雲に覆われ,その向こうに見えるはずの槍・穂高は見えなかった。東方には鹿島槍ヶ岳がシルエットを浮かび上がらせている。

 頂上には20分ほど居て,後続の登山者で混雑しないうちに下山にかかった。
6 下山
 山頂から少し下ったところに早月尾根コースの分岐を示す標識がある。この標識は稜線にあり遠くからでもよく見える。わざわざそこまで行って記念写真を撮ってきた。

 このうちわのような一枚岩は,登りと下りのルートが別に造られている。下山(この岩では登り)では,割れ目に沿って半分ほど登ってから左に水平に移動し,更に登って岩を乗り越えて反対側に出る。


 下りのハイライトはカニノヨコバイである。確かに,最初の1歩が躊躇されるが,足を出す前に顔を出して良くのぞき込み,足を着くところを確認しておけば,安心して足を出すことができる。ヨコバイの区間は思ったより短く,物足りない感じだった。更にクサリで5mほど垂直に降りるとハシゴになる。ハシゴを下ったところが平蔵のコルで,トイレがあり,登りの道と一緒になる。
 更に少し下ると,対岸にカニノタテバイを眺められるところがある。このように見ると,ほぼ垂直になっていることがよく分かる。



 平蔵の頭を越えてひと登りすると前剱だ。帰りは頂上をパスし,巻き道を下った。ここまで来るとほっとするのだが,実は,前剱のガレた斜面の方が浮き石が多く,落石や滑落の危険が多いのだ。

 高山植物の写真を撮りながらゆっくりと下っていった。 トウヤクリンドウ,チシマキキョウ,ウサギギク,ヨツバシオガマ,ミヤマダイコンソウ,コバイケイソウ,ハクサンフウロ,ミヤマコウゾリナ,ミヤマキンバイなどがみられた。

 トウヤクリンドウ(左) チシマキキョウ(中) ウサギギク(右)


 ヨツバシオガマ(左) ミヤマダイコウンソウ(中) ハクサンフウロ(右)


 ミヤマコウゾリナ(左) ミヤマキンバイ(中) 

 コバイケイソウが一本,真っ白な花を付けていた。コバイケイソウは高山に似合う花だ。


 山は徐々にガスに覆われる時間が長くなっていった。剣山荘が足元に見えるようになってきた。やっと緊張から解放された。


 剣山荘へたどり着いたのは10時40分。ここで,Mさん御夫婦と一緒にテーブルを囲み,昼食にした。今回の山行では,ガスバーナーとやかん,ナベなどを持参していた。せっかく持ってきたのだから,ラーメンを作って食べることにした。Mさん使い込んだ石油バーナーを持ってきていた。ガスコンロに比べて使い勝手の悪い石油バーナーを敢えて使っているMさんに山男の誇りのようなものを見た。Mさんから松茸を頂戴し,松茸入りの豪華なラーメンを食べることができた。もちろん即席麺に松茸をいれて食べたのは生まれて初めてだった。

7 剣御前小舎へ
 ゆっくり昼食を食べてから剣御前小舎へ向けて出発した。当初の計画では,剱沢小屋の方を廻って行く予定だったが,来たときに通ったトラバースコースを行くことにした。ただし,少し遠回りになるが,剣山荘から黒百合のコルの方を廻ることにした。途中にお花畑があると聞いたからだ。確かにたくさんの花を見ることができた。ミヤマクロユリ,ツガザクラ,ハクサンイチゲ,チングルマ,ハクサンチドリ,おまけに雷鳥の親子まで見ることができた。
 ミヤマクロユリ(左) ツガザクラ(中)  ライチョウ(右)

 ザックが重い上に,写真を撮りながら歩くので,更に足が遅くなる。Mさんご夫妻は,先に歩きながらも,私たちを気遣ってくれていた。1時間40分ほどで剣御前小舎に着いた。受付を済ませた後缶ビールで乾杯した。Mさんご夫妻といろいろな話をした後部屋に入った。 

8 剱御前小舎
 私たちの部屋は18人部屋で12人が入る予定だという。部屋には既に布団が敷かれ,掛け布団が18枚と,枕が18個並べてあった。私たちは昨日の失敗を反省点として,出口に近い場所を確保した。昨日は出入り口から遠い窓際に寝たため,寝ている人を踏まないように出口まで行くのが大変だった。事実,妻はトイレに起きたとき,寝ている人の足を踏んでしまったらしい。
 剣御前小舎は稜線の山小屋のため,
水が貴重品だ。風呂がないのはもちろんだが,剣山荘のようにふんだんに水を使うことはできない。ちょっと不便だが,でも山小屋としてはこれが普通なのだ。
 Mさんご夫妻も,明日は立山を廻り,室堂から扇沢に戻るという。相談して,
一緒に歩くことにした。明日も,朝食は弁当にしてもらい,できるだけ早く歩き始めることにした。先を急ぐわけではないが,朝の涼しいうちに山を登ってしまいたいことと,ガスが発生する前に遠くの山を眺めたいからだ。これは良い判断だった。

9 別山から雄山へ
 夜の間,ガスに覆われ星を見ることはできなかったが,朝になるとガスが晴れてきて,近くの山が見えてきた。明るくなるのを待って歩き出した。昨日と同じ4時半だった。私が先頭を歩くことになったが,途中でストックを小舎に忘れたことに気が付いた。別山の斜面を15分ほど登ったときだったが,小舎まで取りに戻る元気はなかった。残念だが諦めることにした。 約30分で別山に着いた。周囲も明るくなり,シルエットだった剱岳も岩の表情が分かるようになってきた。

 更に,荷物を置いたまま北峰まで行くと,後立山連峰の全容を見ることができた。


 ちょうど,雲の間から太陽が顔を出し,雲の間をこぼれてきた光が,放射状の光条を作り神秘的な光景を作りだした。

 北峰からは,後立山連峰が良く見える。特徴的な形の白馬岳から右に辿れば,白馬鑓ヶ岳,唐松岳,五竜岳,鹿島槍ヶ岳と続いて見える。しばらく展望を楽しんだ後,真砂岳に向けて出発した。
 足元にタカネツメクサが咲いていた。

 今日のコースでは登りは3カ所。別山への登りと,真砂岳への登り,そして立山(富士の折立)への登りである。それほどにきつい登りではないが,入山3日目ということで疲労も溜まっていくことだから慎重に歩いた。
 真砂岳から,
富士の折立へのルートが良く見渡せる。細い馬の背のようなところを通って登っていくように見えるが,実際に近づいてみると,予想よりは遙かに広い路で,安心して歩けた。

 昨日の剱岳からは立山の背後に槍ヶ岳が見えるはずであった。しかし,立山に雲が懸かっており,槍ヶ岳を見ることはできなかった。 別山からも真砂岳からも槍ヶ岳は見えない。しかし,立山に登れば槍ヶ岳が見えるかもしれない。

 富士の折立への斜面は,今日のコースで最もきつい登りだが,一気に登った。その足で南方が見渡せる高台まで進み,槍ヶ岳を探した。

 あった。あのなつかしい特徴的な姿が,右に
奥穂,左に前穂を従えて天を突いて聳えている。思ったより近くに見えた。写真を撮っているうちに奥穂高岳の方から雲が懸かり始め,5分と経たないうちに雲に覆われ見えなくなってしまった。まさに絶好のタイミングだった。

 
雄山の山頂は多くの登山者で賑わっていた。後から後から登ってくる人の波に圧倒された。山頂の売店でバッチを2個とミネラルウオーターを1本買った。
 雄山からは,別山の後ろに剱岳が見える。今回はこれで見納めだ。

 雄山での記念写真


10 下山

 山頂に30分ほどいて下山にかかった。ところがこれがまた一苦労だった。
 登ってくる行列がとぎれず,上り優先を守っているとなかなか降りられない。
 仕方ないので,歩けそうなところをみつけ,登りのじゃまにならないところを強引に下っていった。
 ただ,浮き石が多く,落石を引き起こしそうになりひやりとしたこともあった。


途中に,昭和天皇御製の歌碑がある。誘導する標識に従って左の斜面に入ると
 たて山の そらに聳ゆるををしさに ならへとぞ思う みよののすがたも 皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)
 と書かれた杭が現れ,その前の岩壁面には,大正14年11月に作られた「
恭刻 東宮御歌記」と題するプレートが埋め込まれている。

 一の越まで下れば,あとは道幅が広く,すれ違いが自由にできる。しかし,道幅いっぱいに広がって登ってくるグループもあり,「片側通してください」と声を掛けながら歩いていった。途中に雪渓もあり,この山歩きの余韻に浸りながら,室堂へたどり着いた。

11 扇沢へ・エピローグ
 室堂発11時45分のトロリーバスに乗車できた。その後はスムースに乗り継ぎ,13時21分に扇沢に着いた。
 
Mさんご夫妻と別れのあいさつをし,駐車場の車に向かった。大町温泉の日帰り入浴施設「薬師の湯」で汗を流し,少し休んでから帰路に就いた。自宅へは19時30分に着いた。
 好天に恵まれ,楽しい3日間だった。
剱岳の岩も十分に楽しめたし,たくさんの高山植物にも会うことができた。更に,すてきなMさんご夫妻とも知り合うことができ,収穫の大きい山行だった。

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