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妙高山・火打山

2004年(平成16年) 10月10日(日)-11日(月)


コース・タイム
10月10日(日)
 宇都宮(4:00) ⇒ 伊勢崎IC ⇒ 妙高高原IC ⇒ 赤倉温泉 ⇒ 燕温泉(8:05)
  駐車場(8:25) → 麻平分岐(10:10) → 天狗平(11:25-45) → 妙高山南峰(13:30-昼食-14:00) → 燕新道分岐(15:20) → 黒沢池ヒュッテ(16:40-泊)
10月11日(月)
  黒沢池ヒュッテ(6:45) → 高谷池(7:35) → 火打山(9:30-10:00) → 天狗の庭(10:50-11:05) → 高谷池ヒュッテ(11:15-30) → 黒沢池ヒュッテ(12:15-昼食-40) → 三ツ峰分岐(13:40) → 大倉沢(15:05-15) → 麻平分岐(15:40) → 燕温泉(16:15)
 燕温泉 ⇒ 妙高高原IC ⇒ 伊勢崎IC ⇒ 宇都宮

同行者
 キクさん,Tさん,Sさん,Uさん

 今年の体育の日を含んだ9日(土)10日(日)11日(体育の日)の3連休には, キクさんと 飯豊山 にいく計画を立てていた。ところが,また, 台風 が来襲し,3連休初日に東日本を直撃することになった。そこで,日程を1日ずらし, 10〜12日に変更して実行することにした。9日に登山口の 川入 まで入り,キャンプ場の駐車場で夜を明かし,10日に登り始める計画だ。駐車場で台 風をやり過ごすわけだが,台風の通過速度によっては,朝まで影響が残るかも知れない。
 ところが,8日夜に, ある事情が発生して 9日の出発が不可能になってしまった。その後も,予定が立たないので 飯豊山山行は中止 とすることにした。
 問題は9日に解決した。あと2日間休みが残っており,台風一過で天気も良さそうと 言うことで,どこかに出かけたくなった。 キクさん に電話すると,いつものメンバーで 妙高山 に行くという。4人なのであと一人増えてもいいから一緒に行こうと誘われた。日帰り を考えていたので躊躇したが,妻が「行って来たら」というので,思い切って行くことにした。
 早速,装備を準備した。 飯豊山行のために準備したザック の中から, 寝袋と食料 を取りだし,あとはそのままにした。不要なものもあったが,トレーニングを兼ねて, 少し重いものを担いで登ることにした。  出発の時点で 16kg弱 だった。

10月10日(日) 
 キクさんの家に私の他,3人が集合し, 午前4時に5人で出発した  東北道を佐野藤岡ICで降り,下道を走り,伊勢崎ICから再び高速道に乗った。北関東 道,関越道,上信越道と乗り継いで, 妙高高原IC で降り, 赤倉温泉 を通り 燕温泉 に向かった。駐車場には8時少し過ぎに着いた。 宇都宮から4時間 かかった。
 駐車場 は, 燕温泉街 の手前の路肩にあり,舗装され,ラインで区画されている。ここだけで40台程度停め られる。きれいな トイレ もあり,登山基地としては最適だ。私達が着いたときには,既に満車に近い状態だった。 最も手前の空きスペースに車を停めた。ここが満車の場合には,更に手前に数十台停められる駐車 場がある。

 駐車場から温泉街の中央を通る舗装道路は,傾斜が急なので,ここを急いで歩かない ようにしなければならない。途中に駐在が立っており, 「日が暮れるのが早いから,12時になったら引き返すように」 と注意された。
 温泉街を通り抜けたところで,標識に従って 左に入る  スキー場に付けられた作業道をゆっくりと登る。


 作業道から分かれ,山道に入る。少し登り,左にカーブすると 称名の滝 が見えてくる。滝の後の岩壁が オレンジ色 になっており,鮮やかな美しさだ。
 岩壁では紅葉が進んでおり,赤・黄・緑のコントラストが美しい。


 北地獄谷 に沿って登っていくと, 称名の滝 の下に, 光明の滝 が見えてくる。二つの滝とも,岩壁が鮮やかなオレンジ色になっている。この色は,流 れている水の色のためではなく,どうやら岩そのものの色のようだ。二つの滝を見ながら,急な斜 面を登っていく。


 二つの滝を過ぎた辺りから, 沢に沿って登っていく  この河床もオレンジ色になっている。

 高度を上げて行くに従って, 紅葉 が美しさを増していく。植物の名前がはっきりと分からないのが悔しいが, ダケカンバやブナ,ウルシなど がそれぞれの色に染まっている。


 対岸の斜面は,また,違った美しさだ。 緑色のクマザサの中に,黄色と赤の対比が美しい 

 光善寺池 は小さな湿原の中の小さな池だ。ここまで登ってくると,紅葉も最盛期だ


 妙高山の山頂 南峰と北峰 の二つに分かれている。まず,南峰山頂につく。

 ここには馬に乗った 「将軍地蔵」 というちょっと変わったお地蔵様が祀ってある。この将軍地蔵にはその由来が次のよう に書かれている。
 「本山ニ鎮座マシマス将軍地蔵ハ西暦千九百四十二年大東亜戦争時 代国民一致団結必勝祈願天下泰平世界平和五穀豊穣ノ神ト祀ル」
 「将軍地蔵」 「蓮華三昧経」 という経文の中に出てくる地蔵菩薩であって, 金剛智 という仏が持つ強い力で悪業煩悩の軍を切り開くという意味から,信仰の強さを武器に 譬えて説いたお経の中のお地蔵様だ。そのため,この経文の意味を像に表すために,一風変わった 武将の姿になったと言われている。
 北峰 には 三角点 の他に,誰かが作って置いた山頂標識がある。

 北峰山頂の三角点  メンバー5人の手


 山頂から下っていくと, 長助池 が見えてくる。湿原とダケカンバなどの紅葉が,いい対比をしている。


 山頂の 溶岩ドーム を下りきると 分岐 がある。右へ進むと, 長助沼 を通り, 大倉池 黒沢池 の方から来た道と合流する。私達は,左に進み, 大倉乗越 を目指した。大倉乗越までの登りはそれほどの登りではないのだが,疲れた足にはつら かった。
 大倉乗越で自宅に電話を入れた 。ここからは携帯電話が繋がる。ここからだらだらと下って, 黒沢池ヒュッテ についたのは4時40分だった。
 今日のコースは足元の悪いところが多く 足が泥だらけになった 。あまりにひどいので,流しのたまり水で靴の泥を落とした。
 黒沢池ヒュッテ は, カボチャ のような面白い形をしている。 1階が食堂と厨房など で, 2回と3階が寝室 になっている。
 私たちは最初2階に割り当てられたが,敷き布団1枚に2人の割合で,かなり混雑し ており,横にはなれそうも無かった。
 部屋に荷物を置くと直ぐに外に出て ビールで乾杯  直ぐに日が暮れ,暗くなってきたので,ヘッドランプを付けて小宴会を行った。日が 暮れると,急に寒くなった。

 夕食 は,ごはん,味噌汁,コーンスープ,煮物。ごはんと味噌汁はお代わりができる。

 黒沢池ヒュッテ は傾斜した 8本の太い柱 に支えられた8角形の面白い形をしている。これは,深い雪の重みに耐えるための構造 なのか。

 夕食後に,団体のキャンセルがあったということで,3階に移るように言われた。 3階では布団1枚に1人ずつで,それでもまだ余裕があった。おかげで ゆっくり眠ることができた

10月11日(月)
 今日は,火打山を往復してから,燕新道を通って燕温泉に下る。
 朝食 は,クレープ,黄桃1/2,コンソメスープ,コーヒー。クレープには,野菜サラダ, ベーコン,各種ジャムなどを挟んで食べる。コーヒーはポットで出てくるので,2〜3杯飲める。 物足りないかと思ったのだが,かなり満腹感はある。


 サブザックに雨具と水,行動食を入れて出発した。
 高谷池から天狗の庭にいく途中にある,岩混じりの湿原 

 天狗の庭  火打山の山頂はガスの中


 天狗の庭 には,たくさんの池塘がある。


 山腹から俯瞰した 天狗の庭

 火打山の山頂  シャツを脱いで汗を拭いていたのだが,写真を撮るというので,あわててシャツを着 た。


 火打山の山腹 では, 植生の復元 が行われていた。 



 ハイマツに覆われた尾根 を,ガスが通り過ぎていく。


 高谷池と 高谷池ヒュッテ   高谷池ヒュッテは 三角屋根 のきれいな建物だ。


 黒沢池ヒュッテまで戻ってきた。  黒沢池ヒュッテ は,8角形の変わった形の建物だ。ログハウス風で,内部は3階になっている。


 ヒュッテで預けていた荷物を受け取り,下山にかかった。  ヒュッテから下る道 には,最近刈払われた笹の葉が積み重なり,滑って歩きづらい

 高度が下がるに従ってガスが濃くなってきた。 妙仙橋 は大きな吊り橋。ガスに霞んで対岸が見えない。


 この山行では,テストの意味で 少し重いザック を背負って歩いた。決して背負えない重さではなく,事実,重くて歩けないと言うこと はなかった。しかし,その重さは 筋肉疲労 として筋肉の中に蓄積していった。そのため,1日の 行程の後半 で動くのがつらくなった。
 また,登りが続くと 左の股関節 が痛くなった。少し休むと,歩き始めてもしばらくは痛みがなくなるが,徐々に痛みが 出てくる。下りでは痛くならない。今まで痛くなったことがないところだ。
 下りでは, 右膝 の痛みが出た。ストックを使い,段差を慎重に降りたので,痛みがひどくなることはな かった。
 登りでも,下りでも,みんなに付いていくことができず,足を引っぱってしまった。 重いザックを背負ったのは全く個人的な問題なので,そのことでみんなに迷惑をかけてしまい申し 訳なかった。

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