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塔ノ岳・丹沢山・蛭ヶ岳

2007年(平成19年) 11月3日(土)-4日(日)


 地図をクリックすると地図が拡大します。
コース・タイム
 11月3日(土)
 宇都宮(3:30) ⇒ (東北道・首都高・東名道) ⇒ 秦野中井 ⇒ 大倉(6:30)
   大倉P(6:50) → 雑事場の平(7:50) → 堀山の家(9:00-10) → 花立山荘(10:00-10) → 塔の岳(11:00-30) →
    → 竜ヶ馬場(12:20) → 丹沢山(12:50-55) → 鬼ヶ岩(14:25) → 蛭ヶ岳(15:05)
 11月4日(日)
   蛭ヶ岳(6:40) → 丹沢山(8:25-40) → 塔の岳(9:35-55) → 新大日(10:25) → 烏尾山(11:25-45) → 新茅山荘(13:00) → 大倉(14:10)
  大倉 ⇒ スーパー銭湯「湯花楽」 ⇒ (東名道・首都高・東北道) ⇒ 宇都宮

同行者
  キクさん

 11月初旬の連休を使って何処かに行こうと, キクさんにプランをお願いした。紅葉時期と言うこともあり,多少の混雑は覚悟の上で, 丹沢に行くことにした。
 「バカ尾根」と称される 大倉尾根を登り,塔の岳,丹沢山 ,を通って蛭ヶ岳まで行き, 蛭ヶ岳山荘に一泊する。帰路には, 塔の岳まで戻ってから三ノ塔 を廻って下山する計画だ。  カシミールで辿ってみると, 第1日 標高差+1393m 距離11.7km 累積標高差 +1932m -554m   第2日 標高差-1393m 距離14.2km 累積標高差 +742m -2129m
 かなりボリュームのあるコースだが,特に難しいところはない。天気とも相談だが, 根気よく歩けば何とかなるだろうと言うことで出かけることにした。

11月3日(土)
 先が長いので,できるだけ早く歩き出したい。そのため,宇都宮を3時30分に出発 して登山口の大倉に向かった。大倉には「 秦野戸川公園 」という大きな公園施設があり,大きな駐車場も設置されている。しかし,この駐車場は 午前8時30分 にならないと開かない。仕方なく,近くにある民間の有料駐車場に車を入れた。 1日700円は安くはないがしかたない。  ハイシーズンでは,ここも満杯になってしまうというが,今日はまだ余裕があった。
 早速,身支度をして歩き出した。まず初めは,スギの植林帯 を歩く。道幅は広く,良く整備されている。


 1時間ほどで,最初の山小屋「見晴茶屋 に着く。
大倉尾根だけではなく,この地域には山小屋や売店がたくさんあり,いざというときには心強い。 それだけ登山者が多いと言うことなのだが。
 ここの尾根には,このようなのどかな道 もある。


 歩き始めて3時間ほどで「花立山荘 に着いた。温かい甘酒が美味しかった。
 歩き出して4時間ほどで塔の岳山頂についた。 道は良く整備されており,危険なところはなかったが,丸太で土留めをした階段道 が延々と続くのには,かなり参った。下りには使いたくない道だ。

 曇っていた空にも徐々に晴れていき,富士山が姿を現した。 やはり,富士山は雪を被った姿が一番だ。思わず見とれてしまう。

 蛭ヶ岳 までには,いくつかのアップダウンを繰り返す。登り返しの道は, 対岸から見るときつそうに見えるが,実際にはそれほどではないことが多い。
 丹沢山方向から見た不動の峰への登り返し 。クマザサの中にルートが伸びている。

 今回の山行ではあまり花には会えなかった。最も多かったのはツルリンドウ ,右はフジアザミ



 鬼が岩の岩峰の間から見た蛭ヶ岳 。徐々にガスが増えていき,山頂の蛭ヶ岳山荘 はガスの中だ。


 蛭ヶ岳山荘 は定員60人とか。前日にキクさんが電話して確認したら50人ほどになると言っていたのだが,この日の宿泊客は 約90人 だった。布団1枚に2人の割り当て。寝られないほどではないが,かなり窮屈だった。
 こういう混雑に遭うと,テント泊がしたくなる。といっても,この山域は テント禁止なので我慢しなければならないのだが。
 夕食は5時30分から,この日は全部で3交代だった。 メニューはカレー ,御飯を食べられるだけ自分で盛り,レトルトのカレールーをかけてもらう。御飯はお変わり自由。



11月4日(日)

 午前3時頃,トイレに起きたついでに外に出てみた。霧はすっかり晴れ上がり,空には オリオン座が輝いていた。北極星 を挟んで東に北斗七星,西に カシオペイアが揃って見える。
 眼下には町の灯りが宝石のように光り輝いている。空気が澄んでいるせいか, 横浜の灯 もすぐ近くに見えた。写真に撮りたかったが,私のカメラでは限界を超えているので諦め,心のフィルムに焼き付けた。
 今日の朝食 第1回が5時ころ から始まった。既に食卓について待っている人が多く,第1回目には食べられなかったが,第2回目に食べることができた。 メニューは御飯と味噌汁。おかずは 佃煮類だけ。体力の源と割り切っていっぱい食べた。
朝食の後,外に出て日の出を待った。 日の出の時刻は6時10分過ぎ ころ。細くたなびいている雲の一部分が明るさを増していき,ついに太陽が顔を出した。

 良い写真が撮れた。 朝日が昇ると,富士山の雪が, ある瞬間だけピンク色に輝く。幻想的な瞬間をうまく捕らえることができた。



 南アルプスの北岳,間の岳が雪を被り輝いている。  他の山はまだ灰色に見える。

 朝食は,日の出前に済ませていたので,部屋に戻り,身支度をして小屋を出た。もう一度山頂の見晴らしに行き,景色を楽しんだ。 僅かの時間だったが,遠くの見え方がまるで違う。やはり, 日の出直後が最高の見晴らしを提供してくれる

 足元に覆い被さっているクマザサが,夜露でびっしょりと濡れている 。何組かのグループに露払いをお願いして,その後に続いた。爽やかな空気を感じながら,最高の気分でルンルン気分で歩いた。
 不動の峰を過ぎると,相模湾 が陽光を反射して光っているのが見えた。その光の海の真ん中に江ノ島 が浮かんでいる。 これもまた幻想的な光景だ。



 塔の岳の山頂にある尊仏山荘 この地域の山小屋は,全て山頂に建っている 。他の山域では見られないとても特徴的なことだ。
 山小屋にとって水をどのようにして確保するかは最も重要な問題だ。その観点から考えれば,山のピークから少し下った沢筋が, 最も立地条件が良いのだが,この地域では,敢えて山頂に山小屋がある。やはり,水の確保は難しいらしく, 食事の食器は発泡スチロールの使い捨て容器を使っており,飲用水は500ccのペットボトル入りを500円で販売している。 登山者にとっては,眺望が得られる「山頂の宿」はありがたい。 満天の星と,下界の街灯り が競演する様は,正にここでしか味わえない体験だ。

 今日,これから下っていく稜線。行者ヶ岳,烏尾山 を廻り,三ノ塔から下る予定だ。


 登山道の脇には,植生保護のためのネット が張られているところが多くあった。
 プレートの文面が興味をひいた。 平地の開発によって山に追い上げられた鹿による採食から樹木や下草を守るために設置しました。 」とある。野生の鹿に対する基本的な考えが書かれており,行政の姿勢 がよく分かる。さらに,「採食」の部分は「 食害」と書かれていたものの上から文字を貼り付け訂正してある。
 烏尾山荘 は小さい小屋だが営業しており,宿泊もできる。 予約が必要だが,1泊2食付きで5000円,素泊まり3000円は,他の小屋と比べてもかなり安い。


 小屋の正面には,平らな山頂を持つ三ノ塔 が聳えている。あそこを登ってから下山する予定だったが, 二人とも,すでに 十分に尾根歩きを堪能し ,満足感でいっぱいになっていたので,今いる場所から直接下ることにした。。


 小屋の前から,新茅山荘 に向けて下山を開始した。このコースは歩く人も少なく,ルートも一部不明確になっている。テープのマークを確認しながら, ぐんぐんと高度を下げていく。尾根の先端から右に折れるところがわかりにくいが,注意深く進めば迷うようなことはない。
 新茅山荘 の前で林道に降り立つ。新茅山荘は戸が閉ざされていた。小屋の前の駐車スペースには8台ほどの車が停まっていた。
 新茅山荘からは林道歩き だ。林道は良く整備されており,普通車でも十分に走れる。しかし,林道の入口には「 一般車通行止 」の表示があり,道の半分ほどが閉ざされていた。ゲートがあるわけではないので,「 自己責任 」ということで入ってくる車がけっこう多かった。特に,林道途中にある「竜神の泉 」という水場には,水を汲みに来た車がたくさん止まっていた。
 戸川公園 の対岸からは大きな吊り橋を渡って公園に戻る。公園のレストハウスで遅い昼食をとり,帰途に就いた。
 東名道は秦野中井ICの少し先から渋滞。首都高も 用賀 から集中工事で車線規制中。のろのろ運転を強いられたが,わたしは,キクさん運転の車の助手席でうとうとしながら家に着いた。 キクさん,毎度ですがお世話になりました。

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