薬 師 岳

期日 2008年(平成20年) 7月20日(日)〜22日(火)
 


コース・タイム
 7月19日(土)
    宇都宮 ⇒ 折立P
 7月20日(日)
     折立(5:40)→1871点(7:40-45)→五光岩ベンチ(9:35-40)→太郎平(10:40-11:00)→ケルン(12:20-25)→薬師岳山荘(泊)(13:30)
 7月21日(月)
     山荘(4:55)→薬師岳(5:45-6:00)→山荘(6:40-7:00)→太郎平(8:55-9:05)→左俣出合(9:45)→薬師沢小屋(泊)(12:10)
 7月22日(火)
     小屋(5:40)→左俣出合(7:25)→太郎平小屋(8:35-55)→五光岩ベンチ(9:35-40)→三角点(10:35-50)→折立(12:10)
    折立P ⇒ 宇都宮


同行者
     キクさん

 薬師岳雲の平方面は,北アルプスでも最も奥深いところで,簡単に行くことはできないところだ。それだけに,憧れはずっと持ち続けていた。
 今回,キクさんという同行者を得て,いよいよ実行することになった。
 コースプランはキクさんと相談しながら,いろいろ考えたのだが,下記のようなプランとなった。
まず
 
前日に折立まで入って駐車場で1泊
 
第1日 折立 → 太郎平小屋 → 薬師岳山荘
 第2日 → 薬師岳 → 薬師沢 → 雲の平山荘
 第3日 → 水晶岳 → 三俣蓮華岳 → 黒部五郎小屋
 第4日 → 黒部五郎岳 → 赤木岳 → 太郎平小屋 
 第5日 太郎平小屋 → 折立

 水晶小屋は平日でも混雑がひどいと言うことなので,水晶小屋をパスする計画にした。5日間という長丁場なので,食事は全て小屋食とし,荷物の軽量化を図った。今年は,例年より残雪が多いというので,軽アイゼンとストックを持つことにした。
 天気予報には出発直前まで一喜一憂させられたが,7月19日に自宅を出発して折立まで入り,20日に登り始めることにした。


7月19日(土)
 真夏の太陽がジリジリと照りつける。車の中は冷房が効いているので快適だが,SAなどで車を出ると,「クラクラ」とめまいがするほどだ。折立には午後4時前に着いた。まだ暑い。さすがに3連休,車が駐車場からはみ出していた。
 キクさんは車の中に寝て,私はテントを張ってそこで寝ることにした。


 駐車場はかんかん照りなのに,薬師岳に掛かっているガスは,いっこうに晴れない。

7月20日(日)
 駐車場で夜明かしした登山者はかなり多くいた。3時頃には歩き出す人もいた。朝方がパラついた。夜が明けても陽射しはなかった。昨日途中のコンビニで買ったおむすびを1個食べ,朝食とした。あとは,行動しながら食べることにして,出発した。太郎平まで水場はないので,水を500ccのボトルで3本持った。
 登山口には「
太郎山を経て薬師岳」の標柱が。

 登山口を入るとすぐの左側に,愛知大生の遭難を供養する十三重の塔がある。
 昭和38年1月,
愛知大学の学生13人が薬師岳山頂を目指して入山したが,猛吹雪(いわゆる38豪雪)に見舞われ全員が遭難死した。昭和38年と言えば,私も大学生だった。遭難死者は私と同年代の者だった


 だんだんとガスの粒が大きくなってきたので,雨具を着けることにした。
 
1870.6mの三角点までちょうど2時間


 ここからは,視界が開けるが,ガスと小雨で,遠くは見えない。


 五光岩ベンチで休んでいると,若者の団体が追いついてきた。

ここから
五光岩が見えるはずなのだが,ガスで何も見えない。


 太郎平には池塘もあり,イワイチョウヒメシャクナゲが咲いていた。


 太郎平小屋まで5時間かかった。ゆっくり登ったのだが,ちょうど標準タイムだった。 ガスと小雨の天候だったが,かえってカンカン照りよりは良かったのかもしれない。




 ヨツバシオガマが,透き通ったようなきれいな花を咲かせていた。途中にも,いろいろな花が咲いていたが,雨が降っていたこともあり,写真は撮らなかった。

 太郎平の標柱。ここは,正式には「太郎兵衛平」という。


  太郎平で一休みし,薬師岳山荘へ向かった。木道が整備された歩きやすい道だ。


 太郎平から少し下ったところが薬師峠で,テント場がある。水場と,きれいなトイレがある。

 テント場を過ぎると,水の流れに沿って急な斜面を登っていく。流れの中を歩くところもあり,増水時にはチョット大変なところだ。 斜面の所々にある花が,疲れを癒してくれる。
 
  サンカヨウ  
                   シナノキンバイ

  キヌガサソウはいつどこで見ても豪華だ


 少し雪渓を登ると,突然ガスが晴れ,振り返ると太郎平小屋とそれに続く北の俣岳が見えた。

 雪渓がまだかなり残っており,ルートを示すためにロープが張ってあった。
 薬師平には,石を積み重ねたケルンがある。ここで一休みした。

         イワイチョウの群落。遠くから見て,チングルマの群落かと思った。


 もう少しで薬師岳山荘だ。ガスが濃くなってきた。
 薬師岳山荘では,到着した宿泊客に,温かいお茶をサービスしている。冷えた身体には美味しかった。


 部屋の中で休んでいると,ガスが晴れてきたという声。急いで外に出てみると,ブロッケンがみられた



 山頂へ続く道夕日を浴びて光っている。



7月21日(月)
 5時少し前,ガスの中を山頂に向けて出発した。
 愛知大生の遭難慰霊碑,ここから南東尾根に迷い込んでしまい,そこで13人の命が絶たれた。この慰霊碑は,道標の意味も持たせ,南東尾根分岐から少し南西に進んだところにある。遭難事故後に,避難小屋も造られた。


 山頂もまたガスの中。

 山頂での記念写真 ガスの晴れるのを待ったが,諦めて下山した。

 三角点標石

       タカネヤハズハハコ


 山荘に戻り,荷物を整えて下山にかかった。
 この付近の
圏谷(カール)群は国の特別記念物に指定されている。



 このころからガスが晴れてきて,見晴らしが良くなった。


 富山市と,日本海が見えた。



 薬師平に向けて雪渓を下る。真夏の太陽が輝き出す。登山道には,日光を遮るものが殆どなく,暑い。
          遠く,雲海の上に白山が見えた。8月初旬には白山に登る計画がある。



   北の俣岳と赤木岳

 槍ヶ岳は,どこから見てもはっきりとその存在を確認できる。

 太郎平小屋が見える。

 薬師峠のテント場。正面奥の山は黒部五郎岳


 雲の平は,正面手前の,頂が平坦に見える尾根

  黒部五郎岳


 太郎平に降り立ち,薬師岳方面を振り返る。山頂近くの避難小屋はよく見えるのだが,山頂がどこなのかはよく分からない。 太郎平小屋で休憩の後,雲の平目指して薬師沢に向かって斜面を下り始めた。頭上から強烈な陽射しが容赦なく照りつける。

 薬師沢の小屋に向けて1時間ほど下ったところで,突然,全身の力が抜けて足が前に出なくなった。暑さ対策のために,水分をこまめに取ったり,バンダナを水で濡らして首に巻くなど,十分に気をつけたのだが,とにかく足が前に出ない。下りでこんなに動けなくなったのは初めてだった。
 キクさんに「
だめだ!,雲の平までは行けない」と訴えた。キクさんと相談し,とりあえず薬師沢小屋まで行くことにした。
 左俣出合を過ぎ,やっとでてきた日陰に腰を降ろし,薬師岳小屋で作ってもらった弁当を食べた。そう言えば,朝起きてから今まで,食事らしい食事をしていなかった。私はドーナツを1個食べただけだった。「シャリバテ」だったらしいのだが,今まで経験したシャリバテとはたしかに様子が違っていた。空腹感が全く無く,吐く息が熱いので,体温が上がっているのが分かった。

 やっとのことで,薬師沢小屋の屋根が見えた。
 時間はまだ早いのだが,今日はここまでとし,ザックを降ろした。


 小屋の前の屋根の付いたテラスは,川風が通って気持ちが良い。暫くここで休憩して,明日以降のコースを相談した。明日以降,体調がどれくらい回復するかがカギだが,雲の平から黒部五郎を廻る周回コースは,無理だろうと判断した。
 そこで,
明日は雲の平まで往復し,もう一晩ここに泊まり,あさって太郎平まで登って下山することにした。


7月22日(火)
 朝,キクさんから「今日,このまま降りよう」と提案があった。せっかく来たのだから,せめて雲の平まで行きたいという気持ちはあったのだが,キクさんに感謝してそのようにすることにした。せっかく,休暇まで取って同行してくれたキクさんには本当に申し訳ないことになってしまった。
 小屋でしっかりと朝食を食べ,暑くならないうちに太郎平まで登ってしまおうと,5時40分に
薬師沢小屋を出発した。体調も,万全とまでは言えないが,昨日よりずいぶん良くなり,写真を撮る余裕も出てきた。
 
アカバナ
     イワイチョウ


  ミネズオウ
 約3時間で太郎平小屋が見えるところまで登ってくることができた。


 太郎平で小休止の後,折立に向かって下山を開始した。下山路がずっと先まで見通せる。

 やっと,登山口に降りてきた。3時間15分かかったが,ほぼ,標準タイムだった。 無事に下山できて本当に良かった。
  今日は火曜日,さすがに駐車場の車は少なくなっていた。



 今回の山行は,途中敗退と言うことになってしまったが,結果として,適切な判断だったと言えるだろう。遠方より出かけてくると,どうしてもスケジュール(プラン)優先で,無理を承知で実行すると言うことになりかねないのだが,キクさんの冷静で正確な判断には感謝したい。これも,キクさんの豊富な登山経験がものを言ったのだろう。
 熱中症については,体力との相関関係もあり,総合的な体力が低下してくる年齢になると,特に注意しなければならない。人間は,高温についての抵抗力は備えているものなのだが,これは,体力によって個人差が出てくる。一般に,熱中症で危険な状態になるのは「高齢者と幼児」と言われるのもこのことによる。
 今回,熱中症対策として「食事」が大切だということを身をもって経験した。夏山では,早朝の気温が低いうちに行動しようと,小屋食を食べずに出発する場合が多い。また,まとまった食事時間を設定せず,「行動食」として,少しずつ食事を食べるようなパターンも多いが,今回のようにこれが問題になる場合もある。空腹感がないと,つい,食事をしないで歩いてしまうことになり,気がついたら,足が前に出なくなっていたということになる。「行動食」の場合でも,計画的に食事を摂ることを確実に実行するようにしなければならない。
 「途中敗退」ばかりが大きくなってしまったが,「薬師岳」は,想像していたとおり素晴らしい山だった。そのスケールの大きさは,北アルプスでも第一級のものだ。
 今度は,季節を違えて再び訪れたいと思う。

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