水 晶 岳 ・ 雲 ノ 平

期日 2009年(平成21年) 7月21日(月)〜25日(土)
 

第1日 7月21日(火) 出発〜太郎平小屋


第2日 7月22日(水) 太郎平小屋〜黒部五郎小舎
第3日 7月23日(木) 黒部五郎小舎〜水晶小屋
第4日 7月24日(金) 水晶小屋〜太郎平小屋
第5日 7月25日(土) 太郎平小屋〜折立

○ プロローグ
 雲の平付近の逍遥は,私にとって長い間の夢だった。やっとの事で,昨年その夢が実現したのだが,私が体調を崩し,途中敗退となってしまった。(→昨年のレポ
 今年こそ実現しようと,昨年と同じきくさんと二人で出かけた。昨年の反省を踏まえ,1日の行動時間を抑えた計画を立てた。この計画にしても,天候と体調によっては,山小屋に停滞することも考慮し,柔軟なものだ。計画の概要は次のとおり。地名の上の数字は標高,括弧内の数字は標準タイム(分)
当初の計画
 前日 

    55km        346km         39km
  宇都宮⇒大田IC⇒(高崎JC,藤岡JC,上越JC)⇒立山IC⇒折立P(車中&テント泊)

 第1日     −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1350      1871       2196       2300
 折立 →(120)→ 1871点→(90)→五光岩ベンチ→(90)→太郎平小屋(泊)
 距離 5.9km  累積高度 +1035 -30  行動時間 5h00

 第2日     −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   2300      2661      2622     2500       2840       2350
 太郎平小屋→(115)→北ノ俣岳→(30)→赤木岳→(30)→中俣乗越→(110)→黒部五郎岳→(100)→黒部五郎小屋(泊)
 距離 10.9km 累積高度 +880 -860  行動時間 6h25 

 第3日    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  2350        2841       2550     2924      2800       2900
 黒部五郎小屋→(140)→三俣蓮華岳→(30)→三俣山荘→(90)→鷲羽岳→(50)→ワリモ北分岐→(50)→水晶小屋(泊)
 距離 7.0km  累積高度 +1059 -509  行動時間 6h00

 第4日     −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  2900      2986     2900
 水晶小屋→(40)→水晶岳→(40)→水晶小屋
      2900      2800      2825      2500       1900
     水晶小屋→(40)→岩苔乗越→(40)→祖父岳→(65)→雲の平山荘→(160)→薬師沢小屋(泊)
  距離 9.3km  累積高度 +255 -1229  行動時間 6h25

 第5日     −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   1900       2300       2196       1871    1350
 薬師沢小屋→(165)→太郎平小屋→(60)→五光岩ベンチ→(60)→1871点→(70)→折立 
 距離 10.3km 累積高度 +496 -1058  行動時間 5h55 

 折立⇒(入浴)⇒帰宅
 関東甲信地方は,7月14日に「梅雨が明けたもよう」との気象庁発表があったが,中部,北陸地方の梅雨明けはなかなか発表にならない。更に,関東甲信地方の天候もだんだんと怪しくなってきた。上昇したはずの梅雨前線が,再び活発化して南方に停滞している。前線上を移動してくる低気圧が,雷雨や大雨をもたらすので,この動きには注意しなければならない。しかし,南方の高気圧が弱いため,しばらくの間は前線が上昇する気配はなく,大荒れの天気にはならないと判断し,予定通り7月20日出発で,21日から山に登ることにした。

○ 前日 7月20日(月)

 宇都宮⇒大田IC⇒(高崎JC,藤岡JC,上越JC)⇒立山IC⇒折立P(車中&テント泊)

 今日は海の日,高速道路の休日割引を利用して,
太田桐生ICから北関東道に入り,関越道,上信越道,北陸道と乗り継いで,立山ICまで乗っても1000円,ETCゲートに「割引1000円」と表示されると,思わず顔がほころぶ。
 コンビニで,今日の夕食と飲み物,明日の朝食を購入して,
折立に向かった。有峰有料道路は1回1800円,高速道に比べて割高感があるが仕方ない。
 折立に向かい車を走らせていると,車道をゆっくりと横切る小さな黒い塊がある。良く見ると子熊だった。野生の熊を見たのは久しぶりだった。今回は熊よけの鈴も持ってきていた。
 今日は3連休の最終日,昨年と違い
駐車場は空いていた。そこで,きくさんの車の隣の区画にテントを張らせてもらった。

 駐車場の端から稜線が見える。北薬師岳から北に延びる稜線らしい。今日はあそこも良い天気のようだ。

 明日の好天を願いながら1杯飲んで,コンビニで買ってきた弁当を食べていたら,近くの車から「良かったら一緒に飲みませんか」とのお誘い。
 遠慮無く,お呼ばれに。群馬から来たという
私たちより10歳ほど年上のご兄弟で,改造したワゴン車でいろいろなところに行っているという。
 楽しくて,つい飲み過ぎてしまった。


○ 第1日 7月21日(火)

コース・タイム
   (休憩を含んで)

 折立 ・・・・・・・・ (7:20)
  ↓
 三角点 ・・・・・・ (9:25)
  ↓
 五光岩ベンチ・・ (11:10)
  ↓
 太郎平小屋・・・ (12:10)



 夜半から雨が降り出し,雷を伴いながら,朝まで降り続いた。 テントに当たる雨音がうるさかったが,テントに水が浸みることもなく,安心して居られた。 しかし,さすがに熟睡はできなかった。
 今日は
太郎平小屋までなので,時間的には余裕がある。10時ころまでに出発すれば十分に間に合う。 きくさんと相談しながら,雨の止むのを待った。

 
7時頃には雨もほぼ止んだので,テントをたたみ,出発の準備を始めた。定期バスが5人ほどの登山者を乗せて到着した。自家用車も数台到着し,それぞれ登山の準備を始めた。
 7:20 雨も上がったので,雨衣を着けずに出発した。登山口には「太郎山を経て薬師に至る」と書かれた標柱が立っている。



 登山口を入った直ぐのところに,慰霊塔(十三重之塔)が建っている。昭和38年1月に遭難した,愛知大学山岳部員13人の慰霊のために建てられた。当時,私も大学生だったから,ここで遭難した13人は,私と同年代の青年だった。


 説明板の文字


 登り初めからの300mほどが太郎坂と呼ばれる急登だ。先が長いので,ペースを落とし,ゆっくりと登る。今回も,きくさんが絶妙のペースで先導してくれた。

 真っ赤な実は
タケシマランだ。標高の低いここでは,もう真っ赤な実になっている。


 変わった形のギンリョウソウかと思ったら,花が終わり,花びら(花冠裂片)が落ちてしまったものだった。

 ママコナは,花唇の2つの白い出っ張りを飯粒に見立てたものだ。


 この三角点は,2万5千分の1地形図では1869.8mとなっているが,現地の案内板では1870.6mとなっている。

 これはコメツツジ 蕾が米粒に似ていることからこの名が付いたという。


 チングルマの綿毛は,雨に濡れて矢車のようになっていた。

 三角点から少し登ると視界が開けてくる。木道も整備され,ニッコウキスゲが咲いていた。

 植生保護の意味もあり,登山道は良く整備されている。

 ニッコウキスゲが花盛りだ。


 高度が上がってくるとガスも濃くなってきた。 石畳道は意外と傾斜があり,ゆっくりと登る。

 五光岩ベンチに着いても,何も見えない。 ガスの粒が大きくなり,雨になってきた。



 太郎平小屋が近づいてきたが,雨はますます強くなってきた。

 太郎平小屋に到着  逃げ込むように小屋に飛び込んだ。

 受付をしようとすると,「まず,濡れたものを脱いで,乾燥室に持って行ってからにしましょう」と。スタッフのこんな心遣いがうれしい。

 小屋では,
乾燥室がフル稼働しており,雨衣はもとより,ザックまで乾かすことができた。

 外では,雨足が一段と強くなった。

 小屋は混雑しいると言うほどではなく,
4畳半の部屋に4人が入った。先客は,昨日折立で一緒に飲んだ人が1人と私たち2人の他に,新穂高から来たという人が1人の計4人。
 布団も1人1枚ずつあり,ゆっくりと寝ることができた。

 今夜の夕食メニューは豚肉の冷しゃぶやポテトサラダ,酢の物に昆布やかぼちゃの煮物。デザートはパイナップル。

 御飯,味噌汁はもちろんおかわり自由。
ワンカップを片手に,ゆっくりと食事を楽しんだ。

 夕食で隣同士になったのは,関西から来たという女性3人組。いろいろな話をしながら,楽しく夕食を終えた。



 山歩きの楽しさの一つは,いろいろな人と親しくなり,いろいろな話をし,また聞けることだ。そこには,様々な人の様々な物語がある。 この小屋で同室になった,新穂高から来た単独行の一人は,
薬師を通って立山室堂まで行くという。その人は「若いうちしかできないから」というが,その人も40台後半とお見受けした。私には想像もできない体力と精神力を持っている。
 夜になっても雨は一層強くなり,止む気配はなかった。明日は,天気状態如何では
滞留も仕方ないと腹を決め,その夜は,ゆっくりと休むことができた。

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