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尾 瀬 沼

2010年(平成22年) 4月25日(日)


コース・タイム
 宇都宮(5:25) ⇒ 金精峠 ⇒ 大清水P(7:00)
  大清水(8:35) → 一ノ瀬(10:00-15) → 岩清水(11:00-05) → 三平峠(12:10-25) → 三平下(12:40) → 尾瀬沼(12:50-昼食)
   尾瀬沼発(13:50) → ピーク(14:20-30) →(冬路沢)→ 廃林道出合(15:00) → 廃林道 → 一ノ瀬(15:55-16:10) → 大清水(17:10)
 大清水P(17:35) ⇒ 金精峠 ⇒ 宇都宮(19:10)


同行者
   BAKUさん,HIBARiさん,かしら,他常陸野ハイキング倶楽部5人

 今日は,別の計画があったのだが,都合により中止になった。そこで, 常陸野ハイキング倶楽部の 尾瀬沼山行に同行させてもらうことにした。
 大清水駐車場 8時集合と言うことで,5:20に宇都宮市の自宅を出た。冬季閉鎖が終了して 開通直後金精峠 を越えて大清水に向かった。
 東北道宇都宮ICと日光清滝を結ぶ「日光宇都宮道路 」では,沿道のヤマザクラ が朝日に輝いてきれいだった。

 正面に見える日光連山 は雪解けも進み,白い部分は少なくなっていた。
 今朝は冷え込み,宇都宮 を出発したときの気温は2℃ 。いろは坂や金精道路の凍結が心配されたので慎重に運転した。

 気温は,いろは坂 マイナス2℃ ,路肩の水たまりには氷が張っていたが,路面の凍結はなかった。

 車を進めていくうちに気温はどんどん下がり,中禅寺湖 マイナス4℃,戦場ヶ原 マイナス8℃を示した。

 金精道路の途中にある展望所からは, 金精山の笈吊岩 (オイツルイワ)が荒々しい表情で迫ってくるのが見える。
金精道路は,日光側では雪も殆ど残っていなかった。 トンネルを抜けた群馬側でも雪は少なく,両側の雪の壁は最大でも1m程度だった。
 路面の状態は良く,交通量も少なかったため,2時間もかからずに 大清水に着いた。 車の中で朝食をとり,身支度を調えた。 
今日は,新しいウエアを試すことにした。モンベル クリマブロック ロッシュジャケット というもので,撥水性,吸水拡散性 にすぐれているという。冬にイン に着ようと思って購入した物だが,春秋ではアウト にも着られる。

 全員が揃ったので8時35分に大清水 を出発した。今日の参加者は私を含めて9人 だ。後に提げているのは尻セード用のソリ。


 一ノ瀬 までの車道は,まだ雪がたっぷりと残っていた。足をとられ,歩きにくい。


   バッコヤナギ (跋扈柳)が咲いていた。春は間違いなく近づいている。

 一ノ瀬の休憩所 まで1時間25分かかった。実は,この道は登り傾斜もかなりあり,大清水から一ノ瀬まで約200m登る。




 三平橋を渡って片品川の対岸に渡る。



 この橋は,戸倉と檜枝岐を結ぶ自動車道路 (詳しくは後述する)の一部として作られたもので,とても立派なものだ。 橋を渡ったところから,左の山道に入る。

 山道に入ったところから振り返ると,白根山 の勇姿が望める。 白根山は栃木県側から見ると前白根などの外輪山が邪魔するために上部しか見えないので,この姿は新鮮だ。

 ここからは冬路沢に沿って登っていく。 ここ は,雪が深いと斜面のトラバースとなりスリル満点の所なのだが,今年は雪が少なく安全に通過できた。

 岩清水で休憩。湧口だけ雪が解けて顔を出していた。

 岩清水から尾根に出るまでが今日一番の急登だ。登り始の 木製階段は,日当たりが良いので半分顔を出していた。

  三平峠の看板は,まだ半分が雪の中だ。

 三平峠からの下りは,尻セードで楽しく下った。
 途中で,とんでもないものを発見してしまった。それは, ツキノワグマの足跡 だ。大きな足跡でまだ新しい。近くにいる可能性もある。


 枯れたダケカンバの枝にトロロコンブのようなものが掛かっていた。 サルオガセ (猿尾枷、猿麻ガセ(漢字は木へんに上下))だ。ウメノキゴケなどと同じ 地衣類で藻類と菌類の共生体だ。


 真っ白な平原に浮かぶ燧ヶ岳 。この景色に会いたくて,また今年もやってきたのだ。

  素晴らしい景色に見とれるメンバーたち。

 今年は氷の状態も良く,安心して氷の上に乗れた 。尾瀬沼横断も可能な状態なのだが,残念ながら今日は時間がなく断念。

 ここで思い思いに昼食を食べた。私はバーナーで湯を沸かし,即席麺を作って食べた。 風もなく穏やかで,眠くなるようなひとときだった。
 昼食後,氷上を散策 し氷の感触を楽しんだ。


  沼の反対側に大江湿原のシンボルツリー「三本唐松 」が見えた。沼の上から眺めるのはこの時期しかできない。
 昼食休憩に1時間ほどかけて帰途に就いた。
 三平峠に登る途中で振り返ると,平らな頂を持つ真っ白な山が見えた。 会津駒ヶ岳だ。


 三平峠の手前で夏道と分かれ,左手の緩い斜面を登った。 ダケカンバの疎林に陽が差し,さわやかな美しさだ。

 緩い傾斜を少し登ると,開けた場所に出る。 西の方向に真っ白な山が見えた。 至仏山だ。

 北西方向には,これもまたたっぷりと雪を頂いた平が岳 が望めた。

 ダケカンバ の白い枝先がコバルトブルーの空を背景に輝いていた。

 ここから冬路沢を下った。文字通り, 積雪期に限って通れるコース だ。斜面をトラバースする個所もあるが,ルートを選べば楽しく下れるコースだ。機会があったらまた歩きたい。

 メンバーは輪カン を履いていたが,私は輪カンを外し,6本爪アイゼン で歩いた。このコースではこれがベストチョイスだった。


 冬路沢に沿って下ると,廃道になった車道 に出る。
 かつて, 群馬県の戸倉と,福島県の檜枝岐を繋いだ車道を造る という計画があった。
昭和24年(1949) 公園利用計画の一つとして, 県道沼田〜田島線の一部が, 主要地方道大清水〜七入線として再確認され, 以降建設に向けて準備が進んだ。
昭和28年(1953) 尾瀬ヶ原一帯が日光国立公園特別保護地区に指定されたが, 昭和39年(1964) 新潟,福島,群馬3県の建設促進会議で, 特別保護区特別天然記念物地区に車道を通すことを要求 ,建設にむけて更に準備が進んだ。
昭和40年(1965)7月 御池〜沼山峠間が自衛隊により着工,(昭和43年8月完成)
昭和41年(1966)10月 大清水から奥の工事開始。
昭和42年(1967)12月 昭和24年の計画路線(大清水〜尾瀬沼畔〜七入の公園計画車道)を 特別保護区外の小渕沢田代を経由するルートに迂回したものに変更。
昭和45年(1970) 御池〜沼山峠間開通。
昭和46年(1971) 一ノ瀬〜岩清水間の工事開始。 同年7月,環境庁発足。 同年8月,現ルートでの車道建設断念。 同年11月,自然公園審議会が尾瀬の車道計画の廃止を決定 ,全ての工事がストップした。
 しかし,全ての計画が破棄されたわけではなかった。昭和47年(1972) 群馬県は「尾瀬車道は大きく迂回して作りたい 」と発表したり,昭和48年(1973) 一ノ瀬の三平橋上流に400台収容の大駐車場の建設 を計画したりしている。また昭和56年(1981) には主要地方道大清水〜七入線 国道401号に昇格 している。 この道のたどってきた歴史は,とりもなおさず,日本の自然開発と自然保護の歴史そのものである。

 今回,初めてこのルートを歩いてみた。 古い地図にはこの道が載っているので,だいたいのルートは頭に入っている。
 道路を雪が覆い尽くし斜面 になっている。斜面の下は崖でその下を冬路沢が流れている。

 この道路は,これ以上の崩壊を防ぐとともに,自然に返そうと, ボランティアによってブナの植林が行われている 。この活動は平成12年(2000)から実施され,毎年行われている。


 見晴らしの良いところからは,白根山 が真正面に見える。

 工事が中止されて未完成のまま放置されたコンクリートブロック 。この上に車道が造られるはずだった。


 大きく旋回するところをショートカットして少し歩くと一ノ瀬 三平橋に着く。

 陽が陰った一ノ瀬の休憩所 は雪の表面も凍っていた。


 さすがに午後5時 に近づくと日も傾き,気温も下がってくる。


 先日の社山のときと同じように,右足の付け根が痛くなってきた。少し休むと良くなるのだが,チョット辛かった。 大清水に着いたのは5時を廻っていた。
 それにしても今日は良い天気だった。先月30日の社山 以降,忙しかったり帯状疱疹 に罹ったりしていたため,殆ど運動をしていなかったので,みんなと一緒に歩けるか心配だったが, なんとか迷惑をかけずに歩くことができた。
 初めて歩いた冬路沢 は素晴らしいところだ。雪の状態によっては通れないときもあるが,ぜひ,また通ってみたい。 モンベルのクリマブロック ロッシュジャケット は,もう少し寒い時期のもののようだが,汗をかいてもベトベトしないので快適だった。
常陸野ハイキング倶楽部 の皆さん,お世話になりました。素敵な一日をありがとうございました。

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