閉じる
尾瀬沼・尾瀬ヶ原・至仏山

2010年(平成22年) 10月15日(金)-16日(土)




コース・タイム 時間を気にせずに,のんびり歩いた記録です
10月15日(金)
 宇都宮(5:00) ⇒ 戸倉(7:00-25 車1台デポ) ⇒ 大清水(7:40)
  大清水(8:00) → 一ノ瀬(9:10-20) → 岩清水(10:10-20) → 三平峠(11:05-15) → 長蔵小屋(11:55-昼食-12:50) → 沼尻(13:55-14:10) → 見晴檜枝岐小屋(15:55-泊)
10月16日(土)
  檜枝岐小屋(7:25) → 竜宮(7:55-8:05) → 山ノ鼻(9:35-10:00) → 至仏山(13:55-昼食-14:10) → 小至仏山(14:50-55) → オヤマ沢田代(15:35) → 鳩待峠(16:45)
 鳩待峠(16:55) ⇒(タクシー)⇒ 戸倉(17:15) ⇒ 大清水(車回収) ⇒ 戸倉(17:55) ⇒ 寄居山温泉センター(18:10-19:00) ⇒ 宇都宮(20:30)

同行者
 forestさん夫妻,キクさん,妻

 forestさん ご夫妻とは,2003年に 剣岳 に登ったとき,剣山荘で同室になったのがきっかけで,それ以来おつき合いをさせてもら っている。住まいは 富士宮市 宇都宮市 と互いに離れているが,互いの住まいを訪問しあったり,近くの山を案内しあったりして, 楽しませてもらっている。今年3月には,残雪の 谷川岳 に挑戦したし,6月にはforestさん宅を訪問し, 三鞍の山荘 に案内してもらった。
 今回は,forestさんを案内して 尾瀬 を訪れた。初めて尾瀬を訪れるforestさんに,どの季節の尾瀬を案内するか色々考えた結 果, 晩秋の尾瀬 に決めた。これは,私の個人的な好みの問題もあるのだが,人が比較的少なく,静かに尾 瀬の良さを味わえると思ったからだ。
 キクさん も同行することになり,5人のパーティーになった。forestさんとは 戸倉第1駐車場 で落ち合うことにした。forestさんは前夜自宅を出て夜半に駐車場に入り,朝まで仮眠し ているという。ここにforestさんの車をデポしておき,私の車で 大清水 まで行き,大清水から 三平峠 を越えて尾瀬に入ることにした。見晴の 檜枝岐小屋 に泊まり,翌日 鳩待峠 へ抜け,シャトルバスで戸倉の駐車場に戻る計画だ。天気と体調によっては 至仏山 にも登ってみるという,少し欲張りな計画だ。

10月15日(金)
 予定通り, 戸倉第1駐車場 forestさん と落ち合い, 大清水 へ向かった。朝方まで雨が降っていたのか,路面は濡れ水たまりもできている。  今日は金曜日,大清水の駐車場に停まっている車は僅かで,休憩所前の駐車場に入れる ことができた。

 休憩所 も閉まったままで人影はない。

 案内看板 を使って,キクさんが今回のコースを説明してくれた。


 雨は降っていないが,上空はまだ雲に覆われていた。爽やかな空気の中を歩き始めた。 一ノ瀬までの車道 は,傾斜があり,先を急ぐと後に響くのだが,単調なので,ついつい急ぎ足になってしま う。心してゆっくりと歩いた。

 一ノ瀬の休憩所 でひと休み。身体も温まってきたので,ここで上着を脱いで体温調節。

 ツルリンドウ の赤い実がたくさん見られた。この時期の山歩きは,花に会うことは少ないが,色々な 果実 に会えるので,これもまた面白い。

 一ノ瀬の休憩所を出てコンクリート製の 大きな橋 を渡った先から,いよいよ山道になる。ここの 紅葉 はカエデのような鮮やかさはないが,落ち着いた色で,それなりに美しい。陽射しがある ともう少し鮮やかになるのだが。

 雲が切れて陽が差し始めた。陽が当たると 黄葉 が輝き出す。

 一ノ瀬 三平峠 のほぼ中間に 岩清水 という湧き水がある。冷たい美味しい水だ。

 岩清水 の上にベンチの置かれた 休憩所 がある。


 ここは 計画されていた観光道路の一部 で,この道路はここから大きく廻って一ノ瀬に続いている。道路計画が中止された後,自 然に戻すため,ボランティアによる植林活動が行われている。今年4月,建設が中止された道路を歩 いてみた。
 対岸の紅葉 がきれいだ

 木道 のすぐ脇にも色づいた葉がある。

 三平峠  今年4月に訪れたときは,この看板の3分の2は雪の下だった。

 濡れた木道 は滑りやすい。滑り止めのために木の桟が打ち付けてある。

 三平下 のベンチからは木の枝が邪魔して,燧ヶ岳がよく見えない。少し進んで, 早稲沢湿原 展望所 がある。今日は,雨こそ降らないが雲が多く, 燧ヶ岳 の勇姿も霞んでいる。

 長蔵小屋 無料休憩所 は,窓にパネルを打ち付け, 冬ごもり の準備をしていた。この辺りは3m以上の積雪がある。

 大江湿原 のシンボル 三本唐松 。今年は,まだカラマツの緑が残っている。

 長蔵小屋売店 の前で昼食を食べ,見晴に向けて出発した。

 昨年新しくなった テントサイト を見に行った。大きな木製デッキで,小さいテントならば十分に2張りは張れる。来年は ここでテントを張ることも考えようか。

 大江湿原 から見た 燧ヶ岳

 大江湿原の西の小高い丘の上 に,長蔵小屋を創設した 平野長蔵とその家族の墓所 がある。 「ヤナギランの丘」 と名付けられたこの丘は,初夏にはヤナギランの真っ赤な花で覆われる。

 大江湿原の木道 は殆ど新しいものに変えられていた。 木道更新の工事 は,ハイカーの少なくなったこの時期から雪の降るまでの時期に集中して行われる。

 別の角度から 三本唐松 を見る。

 浅海(アザミ)湿原 からは,燧ヶ岳の頂上が望めるのだが,今日はガスの中だ。


 陽射しの戻った木道を歩く forestさんご夫妻

 木道を 架け替えるための材木 がヘリで運ばれ,置かれている。


 尾瀬沼 は水深も浅く,周囲には芦や水草が茂っているので, ではなく なのだ。

 沼尻休憩所 は先週末で営業を終え,冬眠に入った。 トイレも閉鎖 されている。


 ヘリコプター が木道の材料を運んできた。ヘリのパイロットの腕前にはいつも感心する。狭いポイント に正確に荷物を降ろす。まさに神業に近い。


 小休止して, 見晴 に向けて歩き出した。新しくなった木道の脇に,取り外した材木が搬出を待って積まれて いた。

 白砂湿原 には大きな池塘があり,そこに映った紅葉が美しいのだが,今日は今一つ精彩がない。

 白砂湿原 から石のゴロゴロした斜面をひと登りすると 白砂峠 (白砂乗越)に着く。

 イヨドマリ沢 を越える。 イヨ とは ウオ(魚) のこと。 ウオドマリ と同義語

 ブナ などの落ち着いた紅葉の中では, 黄色 は目立つ。

 見晴 が近づくと,傾斜は緩くなる。

 ツリバナ の実。実は既に落ちてしまった。

 檜枝岐小屋 に着いたのは4時少し前。早速風呂に入った。 尾瀬の山小屋 が他地区の山小屋と違うところは,どの山小屋にも 風呂 があるところだ。石けんやシャンプーは使えないが,汗が流せるだけでも有り難い。
 この日は宿泊客が少ないため,二つある風呂のうち一つしか湧かしていなかった。男女 で交代して入浴した。今夜の宿泊客は,私たち5人の他に単独行の女性1人の 合計6人 だった。


 夕食


 夕食で頂いた日本酒も心地よく効いて,すぐに部屋に戻り寝てしまった。
夕方から降り出した雨は夜半まで降り続いた。


10月16日(土)

 夜半過ぎには雨は上がっていた。空が明るくなる頃を見計らって窓を開け山を見た。 低くたなびいた霧の上に 景鶴山 が見えた。今日の好天を確信した。待ち望んでいた最高の天気だ。
 もう少し明るくなるのを待ち, みんなを誘って外に出た 。宿から,木道を歩いて原に出た。木道は 昨夜の雨が凍りついて ツルツルになっている。恐る恐る歩いてなんとか原に出ることができた。
 明るくなりかけた空に, 至仏山 のシルエットが浮かんでいる。そうだ,この景色に逢いたくてここまでやってきたのだ。 刻一刻と変わっていく景色に浸りながら,全身で喜びを感じていた。




 今朝は冷え込んだ が,たくさん着込んできたので寒さは感じなかった。気づかないうちに30分以上も時間 が経っていた。

 至仏山 に登るらしいグループがザックを背負って歩いていった。私たちもできれば至仏山に登り たいと思っているのだが,だからといってこの素晴らしい時間を諦めることはできなかった。

 宿に戻りながら キャンプサイト を見てきた。 このトイレ はタンクが破損したために立て替えることになっているが,まだ工事は始まっていなかっ た。  仮設トイレ が,キャンプサイトの一角に並んでいた。

 宿に戻り,朝食を食べ,出発したのは 7時25分 になっていた。 至仏山 に登るためにはぎりぎりの時間だが,敢えて先は急がず,至仏山に登るかどうかは 山の鼻 についた時点で決めることにした。 陽が当たると, 朝霧 は上昇を始める。まるで焚き火の煙のようだ

 陽の当たっていない木道は,まだ 凍り付いて いて,つるつるだ。滑り止めに, forestさん に頼んで持ってきてもらった 荒縄 を靴に巻いた。  この効果はは抜群で,全く滑らなくなった。滑り止め用に金属の爪の付いた製品も市販 されているが,これは木道を痛めるが,荒縄は木道にも優しい。



 朝霧 は生き物のように瞬間瞬間で変化する。 また至仏山が見えてきた。

 葉に付いた 水滴 が朝日を受けて宝石のように輝く。

 景鶴山 の南斜面の紅葉が綺麗だ。

 振り返り, 燧ヶ岳をバックに写真撮影

 ダケカンバ の幹の白さが空の青に冴える

 2006年の9月30日 にも,同じ場所から写真を撮っている。  その写真

 ズミ  の実が真っ赤になっていた。 

 池塘 に小さな魚がたくさん泳いでいた。体側に黒い線が見えたので,帰宅してから調べたら アブラハヤ という魚だった。


 マユミ の実は鮮やかな赤紫色だ。果皮が割れて真っ赤な種子が顔を出している。


 至仏山 が近づいてきた。左側から林が張り出しているところが 牛首 だ。

 池塘に浮かぶ ヒツジグサ の葉も,紅葉している。映し込んだ青空の青との対比が美しい。 


 至仏山の登山道 が見える。

 山の鼻に着いたのは 9時30分 を過ぎていた。10時過ぎの登山開始はしないようにと言われており,時間的にはかなり 遅いが,天気も安定しており,午後4時までには下山できると判断して, 至仏山に登る ことにした。
 宿泊した 檜枝岐小屋 で弁当を頼もうとしたら, 山の鼻小屋 で,昼食の おむすびが買える からそうした方が良いと言われ,弁当は持ってきていなかった。 山の鼻小屋 では,注文するとその場でおむすびをにぎり,作ってくれた。


 近くで見る 至仏山 は,下の方が樹林帯の陰に隠れ,山が低く見える。

 ゆっくりと1時間ほど登ると 「森林限界」 の標識が現れる。山の鼻からの頂上へ向かう登山道は,下りでの転倒等による事故が多発 したため, 森林限界から上は登り方向の一方通行 になっている。登山を中止する場合には,ここまでに決めて下らなければならない。


 森林限界を過ぎると視界が開ける。眼下に, 歩いてきた 尾瀬ヶ原 が広がり,その奥にやや霞んだ 燧ヶ岳 が見える。

 この岩は, 蛇紋岩 と言って表面が固くつるつるして滑りやすい。表面に細かな凹凸がないため,水の保持が しにくい。そのため,蛇紋岩地域には乾燥に強いなどの 特別な植物 しか生育できない。急な斜面には クサリが設置されている。

 奥白根山 (日光白根山)の特徴ある姿が確認できた。


 高度が上がると, 尾瀬ヶ原 の見え方も変わってくる。

 すぐ下には, 山の鼻の小屋群 が見える。最も奥が 尾瀬ロッジ ,その前が 山の鼻小屋 ,その前が 至仏山荘 ,その右に ビジターセンター

 この登山道には 木製階段 がよく整備されている。
 階段の脇で休んでいると,年配の夫婦が下ってきた。キクさんが「下 るんですか?」と声を掛けた。もうこれ以上登れないから下るのだという。「下るのは危険ですよ」 というと,怒ったように「登れないんだから仕方ないだろう」と言って下っていった。ルール以前に, 疲れた足でフラフラしながら下っていった姿に危険を感じた。

 休み休みゆっくり登って約4時間で 頂上 に着いた。13時55分だった。

 頂上の 三角点 (二等三角点と読めた)

 燧ヶ岳 は随分霞んできた。雲も出てきた。

 山頂で昼食を食べ,下山を開始した。まずは 小至仏山 に向かう。


 小至仏山 の山頂標識。至仏山とお揃いになっているようだ。

 小至仏山 を過ぎると, 下山路が見渡せる 。奥の湿原は オヤマ沢田代

 オヤマ沢田代  ガスが掛かり始めた。

 ツルリンドウ の実と花が1本の茎に付いていた。

 対岸 の紅葉に陽が当たり輝いている。


 やっとの事で 鳩待峠 に到着した。時刻は 4時45分 になっていた。


 早速,乗り合いタクシーに乗ろうとして,乗車券売り場に行くと, 乗り合いタクシーの営業は4時30分で終了 したと言う。あとは メーターでの運賃 になるので,直接タクシーの運転手と交渉してくれと。
 ジャンボタクシーの運転手を見つけて5人で乗りたいというとすぐにOKがでた。第1 駐車場まで5500円程度だという。5人で割れば1人1100円,乗り合いタクシーでも1人900 円だからあまり変わらない。実際には 5,300円 だった。
 第1駐車場の入口 にある 「戸倉の湯」 に入ることにし,女性2人に先に入っているようにお願いして,車を取りに 大清水 に向かった。大清水で車を取って 戸倉の湯 に戻ると,女性2人がすぐに出てきた。この温泉は 午後6時で終了 なので入れなかったのだ。しかたないので,いつも入っている鎌田の 寄居山温泉センター に行くことにした。寄居山温泉センターは午後8時まで営業していた。
 ゆっくりと温泉に入り, forestさんご夫妻 とは,再会を約束しここで別れた。私たちは 金精峠 を越えて 日光経由 で帰宅した。奥日光では紅葉渋滞を心配したが,さすがにこの時間では渋滞はなかった。
 至仏山 からの下山が16時45分になったことについては,事故がなかったから良かったが, 反省しなければならない。 下山時刻がある程度遅くなっても良いと思い,途中での休憩もたっぷりと取っていたが, 時間配分に甘さがあったことは否めない。この経験を今後のプランニングに生かしたい。

 ページトップへ