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女 峰 山

2015年(平成27年) 11月16日(月)


コース・タイム
 自宅(5:50) ⇒ 志津(7:06-朝食)
  志津(7:21) → 馬立分岐(8:04-12) → 馬立(8:23) → 唐沢小屋(10:23-34) → 山頂(11:38-42) → 帝釈山(12:19-軽昼食-35) → 富士見峠(13:38-46) → 馬立分岐(14:49) → 志津(15:23)
 志津(15:30) ⇒ 自宅(17:00)

同行者
 単独

 女峰山 に登るのは,2004年以来だ。2009年には滝尾神社から登ったのだが,日帰りでは 黒岩 まで行くのが精一杯だった。今回は, 志津乗越 から登ることにした。ところが,このコースには問題がある。 2012年 に,それまでは自由に行き車を置くことができた志津乗越に駐車できなくなってしまった のだ。土地を管理する 二荒山神社 が,駐車スペースに大きな石を重機で運んで並べ,駐車できないようにした。理由は, 自然環境の保護 と言うことだ。駐車しない送迎ならば,志津乗越まで車で入っても良いと言うことだった が,今はそれもだめになった。自動車で来た登山者は,男体林道の途中の 梵字飯場跡 に車を置き,そこから歩けと言う。 梵字飯場跡から志津乗越まで 約4.7km,標高差は280mある。徒歩では,標準タイムで,登り1時間35分,下 り1時間10分だ。
 今回は,悪いことだと思いながらも, 先行車 があったので,それに続いて 志津乗越まで 車を乗り入れてしまった。天候も良く,快適な山歩きができたのだが, 後ろめたさ がついて回り,爽やかな山行にはならなかった。こんな気持ちは嫌だから, もうこんなことはやらない

 今日は ロングコース なので,暗いうちに宇都宮の自宅を出た。日光バイパスからは,正面に, モルゲンローテの女峰山 が見えた。雲一つ無い良い天気だ。


 いろは坂の明智第二トンネルを出たところから, 奥白根山 も見えた。


 車を,他車の通行の邪魔にならない路肩に置き,車内で朝食を食べて,歩き始めた。振 り返ると 男体山 が見えた。

 間もなく車止めの ゲート が現れる。以前はここまで車で入ることができたのだ。

 少し歩くと,今日の目的地の 女峰山 が見えてくる。まだまだ遠い。


 林道の分岐 。ここで左に折れる。直進方向は 野州原林道 で,丹勢山を通って清滝に繋がっている。野州原林道も,入口にゲートがあり一般車の通 行は禁止されている。


 更に行くと, 女峰山の全体 が見えてくる。正面が 女峰山頂 で,吊り尾根の左端が 帝釈山  女峰山頂の右隣が 前女峰 と呼ばれるピーク。


 このあたりの林道は, 砂防工事のための自動車 が通るので,良く整備されている。


 馬立分岐  ここで林道と分かれ, 馬立 に向かう。ここまで,歩き始めて約50分。

 大きな石の転がる 荒沢 を横切り,対岸に渡る。


 馬立 で, 裏見の滝方面 から登ってきた登山道と合流し,急斜面を 唐沢小屋 に向かって登っていく。古くは,ここから荒沢沿いに 富士見峠 まで行く街道があったのだが,今は,崩れたりして廃道になっている。


 クマザサの間の登山道 は,傾斜は急だが歩きやすく,高度が稼げる。


 登山道の右手の沢には,大きな 砂防ダム が完成していた。前回来たときには,志津林道から,砂防工事のための 資材運搬用モノレール が荒沢をまたいで設置されていたのだが,今は,工事が完了したので取り外されていた。


 少し登ると, 山頂 が見える。山頂が, 槍の穂先 のように見えている。このように見える場所は少ない。


 ダケカンバ はもうすっかり葉を落とし,幹だけが白く輝いている。


 ここで沢を横切り, 対岸に渡る  河床は流水でえぐられ,歩きにくい。やっとの事で対岸に渡ることができた。


 間もなく 水場 だ。 唐沢小屋 に泊まる登山者は,ここまで水を汲みに来る。 唐沢小屋 から往復30分ほどかかる。


 山頂方向 を見る。ここまでくると,もう槍の穂先のように尖った山頂は見えない。


 振り返ると, 男体山 大真名子山 が見える。


 大真名子山と小真名子山の間からは, 白根隠山 錫ヶ岳


 唐沢小屋(避難小屋) に到着。馬立からちょうど2時間かかった。小屋の日陰には雪が残っていた。ここで休憩 して,おむすびを1個食べた。

  唐沢不動尊  11年前と同じ姿で立っていた。


 唐沢不動尊の近くには 小さな祠 があった。


 頂上に向かって ガレを登る。

 岩場 は,急傾斜だが足場はしっかりとしていて登りやすい。


 途中の岩壁に, 追悼碑 があった。唐沢小屋からここまで登るのに約50分かかったから,下り25分はたぶん正 しいだろう。


 振り返ると, 男体山と大真名子山  大真名子山の頂上左後方に 皇海山 が見えた。


 頂上付近だけ白くなった 富士山 が見えた。富士山が見えると嬉しい。なぜか幸せを感じる。


 女峰山の山頂神社  日光では, 男体山,女峰山,太郎山 「日光三山」 と言って信仰を集めている。
 神社の近くで休んでいる登山者に出会った。今日,初めて出会った登山者だ。


 山頂標識 は神社のすぐ横のピークにある。ここで赤薙山から縦走してきたというもう一人の登山者 に出会った。今日出会った登山者はこの二人だけだった。

 お互いに写真を取り合った。山頂標識は北向きに立っているので,どうしても 逆光 に なってしまう。


 赤薙山に続く稜線  雲海に浮かぶフタコブラクダは 鶏頂山と釈迦ヶ岳


 赤薙山奥社跡 の南面の崖。この下は 雲龍渓谷 に続いている。


 西の方向には吊り尾根を挟んで 帝釈山 その真後ろに 太郎山  帝釈山の左奥には 小真名子山 背景の稜線で最も高いのが 奥白根山 


 男体山 には雲がたなびき始めた。依然として 富士山 の姿は見えている。


 北方には 燧ヶ岳 その左後方は 平が岳


 至仏山  その右奥は 巻機山


 ここで昼食にしようと思っていたのだが,風が強く寒い。そこで,もう少し先に行って, 帝釈山 で昼食を食べることにした。
 帝釈山 へのルートは アルペン的な岩稜ルート で,楽しく歩けるところなのだが,今日は気温が低く,おまけに風もあって,手がかじか むほどに寒い。


 吊り尾根から振り返って 女峰山頂 を見る。まさに槍の穂先だ。


 更にもう少し進んだところから振り返る。


 吊り尾根 は岩稜ルートで,緊張させられるが,楽しく歩けるコースだ。


 クサリ場 もある。


 クサリを登ったところが,吊り尾根の中央付近にある 専女山


 約40分の尾根歩きで, 帝釈山 の山頂に着いた。風当たりの弱いところを探して腰を下ろした。単独行だと,どうしても 休憩が少なくなってしまう。ここで昼食としておむすび1個とフィッシュバーガーを食べた。ゆっく りしようと思ったのだが,気が急いて,結局15分ほどで,行動を開始した。


 下山開始  ここからは,ほぼ直線的に 富士見峠 に下っていく。


 日陰には雪が残っている  念のため軽アイゼンを持ってきたのだが,それを着けるほどではない。


 樹林帯 に入ると, 富士見峠 は近い。


 富士見峠 まで降ってきた。


 富士見峠 「十文字」 である。 小真名子山 から 女峰山 へ縦走する道と, 日光 から 野門(のかど)集落 へ抜ける道が交差している。
 日光から野門に抜けるこの道は,古くは日光から会津へ抜ける 裏街道 として通る人もかなり多かったらしい。この十文字には面白い話が伝わっている。 徳川幕府の埋蔵金 の話である。
 戊辰戦争で敗戦の色が濃厚になったころ,徳川家康を祀る日光東照宮 にも官軍の手が伸びてきた。そこで,日光東照宮は,近在から屈強の若者を集めて人夫とし東照宮の 御神体を会津に逃そうとした。東照宮を出発した一行は,荒沢(安良沢)を遡り,富士見峠を越えて 野門に着く直前,官軍に追いつかれてしまった。実は,官軍がねらっていたものは御神体ではなく, 一緒に運んでいた東照宮の財宝だったのである。しかし,官軍が追いついたとき,財宝は持っていな かった。官軍は人夫たちを皆殺しにし,付近を探したがついに財宝は見つからなかったという。何十 年がたち,野門である老人が死んだ。死の間際,自分が財宝運搬の人夫だったこと,山に隠れて官軍 の厳しい追及を逃れて生き延びたことを話した。そして,最後に「十文字に・・・・」と言って事切 れたという。
 近年になって林道が富士見峠まで伸ばされたとき,作業員たちは,昼 休みになるのを待って,持ち込んだ重機を使い,周辺をくまなく掘り返したが,財宝は見つからなか ったという。官軍が東照宮に入ったとき,財宝は殆ど残っていなかった。最初から財宝など無かった のかも知れないが,神君とも言われた家康公を御神体とする神社に財産が殆ど無いというのも納得し がたい話ではある。さらに,御神体だけを運ぶのであったら,多くの屈強な若者を集める必要も無か ったと考えるのが自然だとすれば,この話,真実味を帯びてくる。「十文字」が富士見峠ではないか も知れないし,まだまだ謎は多く,続きが有るかも知れないと思うと楽しくなる。なお,このとき運 び出された御神体は,今も野門の「東照宮」に安置されており,こちらの方が正真正銘の御神体だと いう人もいる。
  野門 に繋がる道。


 志津に向かう林道  旧街道 は,荒沢沿いに付けられており,今の林道とはルートは異なる。


 整備された林道


 振り返って 女峰山と吊り尾根 を望む。


 馬立分岐  一回りしてきた。

 林道は, 野州原林道との分岐点 が最低下部でそこからは登りになる。


 林道をただひたすらに登る。かなりの汗をかいて車に戻った。タオルに,残った水を含 ませ,顔や身体を拭いた。気温は低いのだが気持ちが良い。
 志津乗越 まで車で入る事ができないとなると,このコースを日帰りで歩くのは,私の体力では難し い。これが最後の山行になるだろう。

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