戻る

 ブログ 独 り 言 2005


2005.12.30  
 「ワライカワセミ」

 今日も散歩中にカワセミに出会った。
 「カワセミ」で思い出すことがある。人の笑い声と同じ様な鳴き方をする「
ワライカワセミ」である。
 私が中学生のころだった。古いラジオを分解して取り出した部品を組み立て,
短波ラジオを作った。親の目を盗んでは夜中に起きだし,海外放送を聞くのに熱中していた。当時,各国は競って日本語による番組を流していた。「モスクワ放送」や「北京放送」「自由中国の声」「VOA」などは,日本の近くから大出力で放送していたので,いつでもクリアーに聞くことができた。
 その中で,私が大好きだったのが「
ラジオ・オーストラリア」だった。このインターバルシグナル(放送開始の合図)に使われていたのが「ワライカワセミ」の笑い声(鳴き声)だった。やや太い声で,「ク,ク,クカカカ,クカカカ・・・・」と鳴く。放送は,まずはじめに,「ワルチングマチルダ」が流れ,続いてワライカワセミの笑い声が聞こえてくる。オーストラリアは時差がないので,夜更かししなくても聞けるのはうれしかった。
 海外の放送を聞いて受信レポートを送ると「
ベリカード」という受信証明書を送ってもらえる。海外放送を聞いて楽しむ人をBCL(BroadCasting Listener)というが,私はその後,アマチュア無線の方に興味が移ってしまったので,BCLとしての期間は長くなかった。
 
ラジオオーストラリアの日本語放送は,リスナーの減少に伴い,1990年12月31日をもって終了してしまった。



2005.12.29
 「アイドルストップ」は危険

 アイドルといっても可愛いタレントのことではない。車のアイドリングのことである。
 地球温暖化ガスの低減や環境保護のために,交差点の信号待ちのときなどに,自動車のエンジンを切ろうというのが「アイドルストップ」運動である。しかし,実は,
特別に対応した車でない限り信号待ちでエンジンを切るのは,たいへんに危険なことなのである。
 数年前,10人乗りのワゴン車で,友人達と旅行に出た。三陸の北山崎の駐車場で,ヘッドライトを点け放しにしたために,バッテリー上がりを起こしてしまった。観光を終わって車に乗ったのだが,エンジンが掛からない。そこで,押し掛けをすることにした。幸い,人手はたくさんあったので,駐車場で後ろを押してもらった。ところが,なかなかエンジンが掛からない。駐車場のフェンスが近づいてきたのでハンドルを切ろうとしたが,ハンドルがロックされたように,全く動かない。あわててブレーキを踏んだが,ブレーキが全く効かない。もうパニック状態で,フェンスに衝突する覚悟を決めたとき,エンジンが掛かった。ブレーキも効いて,フェンス直前で停止できた。
 現在の車は,
ステアリングにも,ブレーキにも,パワーアシストが付いている。そして,多くの場会,これが,エンジンの回転や吸入負圧を利用している。エンジンが停止するとこれらのパワーアシストが全て効かなくなる。このことが分かっていれば,サイドブレーキを引くとか対応方法はあるのだが,こんなことは知らないドライバーが多い。
 ステアリングのアシストポンプに
電動モーターを利用した車などが出始めたが,まだまだ少ない。
 「公共広告機構」なる団体が,
「アイドルストップ運動」のCMを流しているが,時期尚早。このことに起因した事故が起こらなければいいと思っている。



2005.12.27
 インターネットとの出会い

 1995年,私の勤務する学校が「100校プロジェクト」に選ばれた。「100校プロジェクト」とは,通商産業省文部省が,IPA(情報処理新興事業協会:現情報処理推進機構)CEC(コンピュータ教育開発センター)によって,学校にインターネットを引こうというコンセプトで実行されたプロジェクトで,全国の小中高等学校から100校(実際は111校)を選び,インターネットに接続できる環境を提供し,実験使用というものだった。
 それまで,インターネットのサーバーとしては,最低でもオフコンが必要だったのだが,高性能化が著しいパソコンでもサーバーができるのではないかという考えで,全国100校に
パソコンによるサーバーを立ち上げた。
 本校に入ったのは
N社のパソコンだったが,これがまた良く壊れた。ハードディスクのアクセスランプがついたままフリーズしてしまうことが度々あり,そのたびに,パソコンを箱詰めして東京まで送った。
 ソフトは
「パニックス」という,UNIXパソコン用サブセットで,これが又,バグだらけだった。UNIXの文法を学びながら,職員全員と生徒全員とにアカウントを発行し,ユーザー管理をした。時間はいくらあっても足りなかった。
 インターネットを授業に使ったが,当時は,ネットで情報集めは難しかった。例えば,「酸性雨」と言うキーワードで検索をかけても,出てくるのはわずか
数件だった。授業を受けた子ども達の正直な感想は,「インターネットには必要な情報は入っていない」だった。
 秋葉原で,ネットワーク用のケーブルを,100m巻で買ってきて,校舎内にネットワークのワイヤーを張り巡らすのも自分でやった。
 100校プロジェクトのサポートセンターは,
藤沢の慶應藤沢校舎内にあった。ある時,全国から100校プロジェクトの担当者を集めた研修会があった。当時50歳を越えていた私は,参加者の中でも群を抜いて最年長であり,異色だった。そのときwindows ver3のβ版が出たばかりで,そのPRのためにやってきた日本マイクロソフトの社員は,「当社の開発部門の定年は30歳です。それを過ぎると,頭が固くなり,使い物にならなくなります。」と言っていた。50歳を過ぎた私は何なんだと言いたくなった。
 今思い出しても楽しい時代だった。
 当時,セキュリティーについては今ほど厳しい状況ではなかった。既に,いろいろな問題が出始めていたのだが,セキュリティーは甘かった。現在のネットワークでは,セキュリティーに関する問題は高度に発達しているが,私の頭ではもはや追いついていけない状況になっている。




2005.12.25
 百名山ハンター

 昨日,古賀志山に行ってきた。古賀志山は,何時行っても,どこへ行っても,期待を裏切ることはない。素晴らしい山だ。
 山歩きのスタイルには色々ある。
百名山を制覇するように,新しい山に次々に登るのも心躍るものがあるが,私は,気に入った山に,季節を変えて,ルートを変えて,何回でも登るのが好きだ。
 正直言って,私は
「百名山ハンター」にはなれないし,なろうとも思わない。
 
「深田久弥の日本百名山」は,深田久弥が自分の目で見て自分で登って選んだ百名山であり,彼自身も言っているように,決して絶対的なものではないはずなのだが。
 
百名山フィーバーは,商業主義と相まって,かなり加熱している。栃木県と群馬県の県境にある皇海山などは,百名山フィーバーで登山者が急増し,それまで栃木県側からだと日帰りができなかったため,日帰りができるコースを作るため,群馬県側からの林道を補修し,新しいコースが開拓された。
 福島県,新潟県,群馬県の県境にある
平ヶ岳も,一般コースでは往復10時間はかかるのだが,地元の民宿に泊まれば,一般車の入れない林道を奥深くまで送迎してもらえ,2〜3時間で頂上に立てる。このサービスを目当てに,宿泊客が増えているとも聞く。
 「百名山」に選ばれている山に行けば,山頂標識にも必ず「日本百名山○○山」と書かれており,山小屋で売られているバッジにも「百名山○○」とある。百名山が,ステイタスとなっているのである。これには深田久弥も苦笑いではないだろうか。
 ときどき新聞紙上で
「○○さんが百名山を達成」と華々しく紹介されていることもあるが,これは,百名山への思い入れとともに,時間とお金がなければできることではない。
 百名山は全国に散らばっており,登山口に行くだけでもかなりのお金が掛かる。となれば,でかけたついでに,付近の山をまとめて登ってこようとなるのは自然の成り行きだ。多少天気が悪くても出かけてしまうということになりかねない。
 一時
「カミカゼ登山」と言う言葉があったが,山頂を踏んだという記録を残すためには,天候がどうであれ,それは問題ではない。荒天を押して登頂したとなれば自慢にさえなる。これも山登りのスタイルの一つだと言えばそれまでだが。



2005.12.22
 スタッドレスタイヤ

 ミシュラン X−ICE
 この冬,スタッドレスタイヤを新しくした。
 今まで使っていたスタッドレスタイヤは,5年前に今の車を購入したときに一緒に買ったもので,スタッドレスタイヤの耐用年数を過ぎていた。
 
溝が十分に残っているので,まだ使えると思って使っていたのだが,材質の変化はいかんともしがたく,昨冬,凍結道路でスリップし接触事故を起こしてしまった。
 タイヤメーカーでは,スタッドレスタイヤの材質が保持できるのは
2冬だと言っている。まあ3冬までは大丈夫だろうが,無理をしても4冬までで,5冬使うのは無謀だった。
 通勤に自動車を使っているが,宇都宮で雪が降るのはひと冬に数回で,それに伴う路面凍結も数日間のみだ。あとは,山登りのために山岳地に出かけるのがひと冬に数回で,走行距離の9割以上は舗装面を走っている。無駄のような気もするのだが,やはり,いざというときには安心できる。
 このタイヤは溝がかなり残っていたので,冬から夏を履き続け,冬になったら新しいタイヤに取り替えようと思っていた。ところが,このタイヤは,凍結路面でなくとも,かなり滑るようになっていた。特に,
濡れた路面では,ちょっと不安になるくらいに滑る。そのため,やはり,夏タイヤに履き替えしまった。
 今回入れたタイヤは
「ミシュラン」「X-ICE」というもので,氷上性能を重視したタイヤだという。他のメーカーのものに比べて溝があまり深くなく,その分フニャフニャ感がない。販売店の早期キャンペーンということで,組み替え料無料だったのもうれしかった。
 冬季に普通に使う程度ならば,3冬使っても溝は無くならない。そこで,スタッドレスタイヤを履く期間を長くすることにし11月19日に履き替えた。




2005.12.20 
 カワセミ

 自宅近くの川縁で見かけたカワセミ
 11月8日から,仕事から帰宅した5時30分頃から約30〜40分,近所を歩いている。日が落ちてすっかり暗くなっているので,歩けるコースは限られてしまうが,もう,1か月以上続いている。休日には,明るいうちに歩くことができるので,川沿いを歩いてカワセミに会うことができた。
 私の家は,宇都宮市でも街外れのほうで,10分も歩くと家並みを抜け,水田や雑木林に沿って流れる
鶴田川のほとりに出ることができる。コンクリートで固められた両岸の間隔は10mほどあるが,水の流れている幅は,そのうちの3〜4mだ。お世辞にも「きれい」とは言えない流れだが,それでも以前よりはずいぶん良くなってきた。気持ち悪いくらい大きく育ったがたくさん泳いでいるが,最近ではウグイなどの姿も見られるようになってきた。
 
カワセミは「小鳥の宝石」とも言われる,鮮やかな色の小鳥で,飛んでいるときでも,留まっているときでもすぐにそれと分かる。
 妻は平日,午後の時間に川沿いをウォーキングしているのだが,ほぼ毎日カワセミを見ているという。そこで,その日,もしかして見られるかと思い,注意して川面を見ながら歩いていた。すると,一羽の
カワセミが,背後から下流に向かって,水面すれすれの所を滑走するように飛んでいき,対岸の50mほど先にある杭の上に留まった。カワセミは,私たちがその対岸を通り過ぎても,そのままじっと動かずにいた。私たちが一回りして戻ってきたときにはさすがに同じ場所には居なかったが,よく探してみると,数十メートルほど上流の,川岸の石の上に留まっていた。しばらくそこにいたが,やがて下流に向かって飛んでいってしまった。
 
カワセミが,水面に突きだした枝の先に留まっているのは,水中の小魚をねらっているためであり,機会があれば,えさの小魚を捕らえる瞬間を見られるかも知れない。ウォーキングの楽しみが増えた。
 我が家の近くでも宅地化が進んでいるが,思わぬ所に残った自然を大切にしたいと思う。




2005.12.13
 オイルヒーター

 ドイツDBK社のオイルヒーター 1.3kw
 ここ数日,宇都宮の冷え込みは厳しい。この2日間ほど,朝7時に車のエンジンをかけるとき,車の外気温センサーは−3℃を示している。
 こう冷え込むと,床から起きるのが辛い。今まで,寝室には暖房は使っていなかった。数年前に
「蓄熱式セラミックヒーター」なるものを買ったのだが,ファンの音がうるさく,朝,ヒーターのスイッチが入った途端にたたき起こされてしまう。1シーズンは我慢して使ったのだが,次の年からは使う気にはならなかった。
 寝室なので,特別に暖かで無くても良い。朝の冷え込みが緩和されればいいということでいろいろ物色してみると,
「オイルヒーター」が良いらしいことが分かった。オイルヒーターは速暖性ではないが,ファンがないので「音がしない」のが何より魅力だ。
 最近,オイルヒーターの人気はものすごく,ネットショップでも売り切れ続出の状態だ。有名な
デロンギ社のオイルヒーターも,かなり高価にもかかわらず,品薄状態のようだ。
 ネットで探して,
ドイツ製のオイルヒーターが,かなり安く出ていたので,購入した。最近はやりのL字フィンX字フィンと違い,古典的なストレートフィン。その分,表面温度が高くなるのだが,我が家には小さい子がいるわけでもないので,問題はない。
 注文して2日目に製品が届いた。早速使ってみた。その晩は
午前3時から6時まで作動させたが,あまり暖かさは感じなかった。次の日は,午前2時半から6時まで動作させた。こんどは,ほんのりとした暖かさを感じることができた。この2日間は,宇都宮で最低気温が−4℃を記録したこの冬最も冷え込んだ日だった。
 オイルヒーターは,静かで安全なことが売りの暖房機だから,
「暖かさ」にはもともとあまり期待はしていない。朝の冷え込みが緩和されればいいと思っている。
 もう少し使い込んでみよう




2005.12.09
 孫の成長

 古賀志山のコムラサキ
 初孫が,今日,1歳の誕生日を迎えた。大きな病気もせずにすくすくと育ってくれたことは,なによりめでたい。
 若い両親も,二人で力を合わせ,戸惑い迷いながらも,前向きにしっかりと子育てをしている。
 自分のときのことを思い出すと,
子育ては妻に任せっきりで,何もしていなかった。時代の違いもあるのだが,今ではすまなかったと思っている。
 嫁がホームページを作り,毎日,
孫の写真を載せてくれている。おかげで,遠方に住んでいても,孫の様子が分かり,喜んでいる。妻も,ネットで孫の顔を見るのが,ネットでの最大の楽しみになっている。
 明日は,誕生祝いのため孫に会いに行ってくる。
 孫の,とってもかわいい(爺馬鹿)写真を載せたいのだが,孫にもプライバシーがある。遠慮することにした。




2005.12.03
 子どもが被害者に

 フユイチゴ 何もない冬に真っ赤な実を付ける。食べると美味しい。
 広島の事件に続いて,今市でも下校途中の女子児童が犯罪の被害者になった。長い間学校教育に携わってきた人間の一人として,下校途中に襲われたということは,なんとも残念でしかたない。
 今まで,児童の登下校については,特別なことをしなくても安全が保たれていたのだが,そんなことは言ってはいられない状況になってきた。極めて希な事件と言うことはできるが,その重大性から言って見過ごしにはできない。
 ほんとうに
「極めて希な事件」かというと,必ずしもそうではない。私の関わった学校でも,不審者に声を掛けられたり,腕をつかまれたりと言う事例は年に数回発生していた。そのたびに警察に通報したり,保護者へのプリントで注意を促したり,集団下校を行ったりしてきた。
 最も確実なのは,
「一人歩き」を無くすることだが,これは学校だけの努力では限界がある。家庭や地域の協力がなければ無理である。
 教育委員会も
「地域の協力体制を作れ」と指示するが,これって,学校が声をかけて取り組まなければならないことなのか,ずっと疑問に思っていた。「登下校は学校の管轄下」になっているが,これはあくまで名目であって,実際に管轄することは不可能である。学校が(校長が)自治会長や育成会長に頭を下げてお願いして,協力をしてもらうことになるのだが,「地域の治安・安全」に関心の薄い人も少なくない。
 自分の子どもの問題である保護者でさえ,
「仕事があり,忙しいからできない」と,それは学校や行政の仕事だという声をよく聞く。
 安全を確保するためには,まず,子どもを一人歩きさせないようにすることだ。そのために最も確実な方法は,
親が送り迎えすることだ。たとえ仕事を休んででも,自分の子どものことなんだから実行してもらうしかない。
 アメリカの多くの地域で行っているように,
児童一人一人の家までスクールバスで迎えに行くようにするのもいい方法だが,すぐには無理だ。
 「登下校の安全は親が守る」これが大原則だ。自分の子供なのだから。




2005.11.29
 出会い

 古賀志山のアブラツツジの紅葉
 先日,古賀志山の559から西へ行った岩稜で昼食を食べていると,一人の男性に声を掛けられた。
「ホームページやってます?」
 「はい」
「熟年夫婦の・・ですね」
 「はいそうです」
「良く見てます」
 HPには写真も出しているし,顔を覚えていてくれたようだ。その人は
花の写真を撮り,DVDにまとめているという。住所を教えたら,早速翌日にDVDが届いた。たいへんに素晴らしいできばえのものだった。私も若い頃から写真はやっていたが,なかなか他人に見せられるような写真は撮れていない。
 私も,山ではいろいろな人に話かける。うるさいと思う人もいるだろうが,私にとってはそれも,山歩きの一つの楽しみなのだ。
 山で出会って,それ以来交流を続けている人もいる。「いつかまた一緒に山歩きがしたいね」と,その機会を待っている。




2005.11.09 
 ラムサール条約登録

 11月8日尾瀬や奥日光の湿地が,正式にラムサール条約に登録された。
 日光市の市長などが
喜びの記者会見をしていたが,ぜひ,意味を取り違えないでもらいたい。
 ある意味
「名誉なこと」なのかも知れないが,それよりも重要な責任が生じてくるのだと言うことを忘れないでもらいたい。
 もともと,ラムサール条約は,国をまたいで渡る水鳥の生育環境を守るために作られたものだったが,対象を水鳥だけでなく,そこで生育するすべての動植物にまで広げ,その
生育環境を積極的に維持改善していくために,条約が拡大され強化されたのだ。
 大切なのは,
「登録されること」ではなく,「環境を維持改善していくこと」だ。まず,そこを訪れる人を含め,関係ある人の自覚が大切だが,具体的には行政がどのような行動を起こすかが待たれるところだ。
 日光では,二社一寺が世界遺産に登録されたのを機に,該当地域での
歩きタバコが禁止されたのに続き,今回,ラムサール条約登録地域での歩きタバコも禁止された。タバコの煙の害だけでなく,投げ捨てられたタバコがもたらす環境汚染を考えると,とてもいいことだと思う。
 もう一つ,奥日光で実施してもらいたいことがある。それは,
「湯川の全面禁漁」である。釣り人達が歩く川沿いは,草が剥がれ地面がむき出しになっている。足跡があるため,ハイカーが木道を外れて歩くのを助長している。同じく,湯の湖,中禅寺湖でも,舟釣りだけを許可し,湖畔からの釣りは禁止するべきだ。湿原保護のため,ぜひ実現させてもらいたい。
 栃木県では,平成5年4月に,国道121号から千手が浜へ通じる
日光市道1002号線の一般車両の乗り入れを禁止した実績もある。できないことではないと思う。