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思い出の山シリーズ 7
南八ヶ岳縦走
1981年(昭和56年) 8月9日(日)〜11日(火)
(作成日 2006年1月14日)


コース
第1日 8月9日(日)
 宇都宮 ⇒ 清里 (清里駅の近くに車を預けた)   清里 ⇒(小海線)⇒ 松原湖 ⇒(迎えのジープ)⇒ 本沢温泉(泊)
第2日 8月10日(月)
 本沢温泉 → 夏沢峠 → 硫黄岳 → 横岳 → 赤岳  頂上山荘(泊)
第3日 8月11日(火)
 赤岳 → 真教寺尾根 → 美し森 → 清里 ⇒ 宇都宮

同行者
 松本,渡辺,早坂,黒尾,増渕(栄),増渕(千),賀島

 
 前の年(1980年)には,職場の仲間で奥穂 に登った。そしてこの年,八ヶ岳 に登ることにした。
 第一日目に本沢温泉 に宿泊すれば, 近くの小海線松原湖駅までジープで迎えに来てくれるということを知り,上記のような計画を立てた。
 宇都宮から 清里までの往復は自動車を使い,清里から松原湖まで小海線で移動し,縦走後,清里に戻るプランだ。 往復に自動車を使っても,一部に電車などを使えば,縦走ができるのだ。 


第1日 8月9日(日)

 宇都宮市内で10人乗りのワゴン車 を借り,私が運転して出かけた。早朝に宇都宮を発ち,R50からR18に入り, 佐久からR141を南下して 清里に着いたのは昼頃だった。
 駅近くで「駐車場 」の看板を見つけて車を預けyた。

 まずは腹ごしらえを。その後に清里駅 から松原湖駅 まで電車で移動した。

 本沢温泉から迎えに来た車は,荷台にホロが付いた ジープ。当時,4輪駆動の小型車は jeep くらいしかなかった。私たち8人でも,乗れるのかなと心配したのだが,なんとあと2人, 合計10人が乗り込んで 松原湖駅を出発した。
 もとより 未整備の山道のこと,揺れるなんて言う程度ではない。片手で椅子の後ろのパイプをにぎり,もう一方の手で天上の パイプをにぎり,腹筋に力を入れて踏ん張っていなければならない。歩くくらいの速さで1時間ほどの責め苦に耐えて, やっと本沢温泉の近くまでやってきた。
 と,突然, 車を降りろと言う。この先,危険箇所があるので,ここからは歩いて行けと言う。ここから本沢温泉まで15分ほど かかったが,正直,ほっとした。
 乗せられたjeepと本沢温泉 。この8人が今回のメンバー。このうち6人は昨年奥穂に登ったメンバーだ。

 本沢温泉の夕食 。クリンソウの葉のテンプラが珍しかった。




第2日 8月10日(月)

 硫黄岳の火口壁 が,朝日を受けて輝いているのが見える。遠目に見てもすごい迫力だ。

 本沢温泉の主人 を囲んで,出発前の記念撮影。今日も良い天気だ。


 夏沢峠を目指して登る。抜けるような青空だ。

 樹林帯 の,良く整備された道を登る。


 足元にギンリョウソウ が咲いていた。

 ズダヤクシュ  「ズダ」とは喘息のこと,喘息に薬効があるという。


  程なく,夏沢峠に着いた。 峠には「こまくさ荘 」という山小屋がある。

 まだ,この辺りではみんな元気だ。

 いよいよ硫黄岳 への登りになる。




 ヒナコゴメグサ

 硫黄岳山頂
 遊び心で,ここまでスイカ パイナップル を担ぎ上げた。ここでパイナップルを切り,みんなで食べた。

 硫黄岳の噴火口 は大きく,迫力満点だ。絶壁の上にいる人が小さく見える。

 硫黄岳のコマクサ は,当時,綱を張って保護を始めたばかりだった。

 当時は,今のようなコンクリート製の立派なケルン は無かったように記憶している。石積の小さなケルンがあっただけだった。

 横岳山頂(奥の院) へは,くさり場やハシゴを辿っていく。

 タカネヒゴダイ

 チングルマ

 横岳山頂

 横岳から赤岳 を望む。今日はあそこまで行く。

 イワツメクサ
 
 左に突き出た岩峰が大同心

 イブキジャコウソウ

 タカネツメクサ

 メノマンネングサ

 チョウノスケソウ

 地蔵尾根分岐

 赤岳への登りから横岳方向 を振り返る。

 頂上山荘を目指して登る 

 登頂を祝い,スイカとビール でで乾杯

 荷物を置き,余力のある者だけで中岳 まで往復した。

 キレットへの分岐

 赤岳山頂

 頂上山荘での夕食
 



第3日 8月11日(火)

 今日は,いよいよ下山だ。長い下りが待っている。
 山頂は,まだ深いガスに包まれていた

 真教寺尾根 への下山道は,急なガレ場の下りで始まる。

 カラマツソウ

 カニコウモリ

 コバノイチヤクソウ 

 樹林帯の下山道は,薄暗く,倒木が多い。

 ビランジ  タカネビランジは 南アルプスに生育し,薄い色が多いのに対し,ビランジは,関東から中部地区の岩場に多く, 小型で色の濃いものが多い。

 クガイソウ
 美し森で下山記念

 真教寺尾根は, とにかく長い長い下り坂で,眺望もなく,嫌になる。ただひたすら黙々と下らなければならない。美し森に下り着いた ときは,みんなぐったりとしていた。

 清里駅前 の食堂で昼食を摂り,車に乗って宇都宮を目指した。