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尾瀬横断道路
 

ここに1枚の古い地図がある。はっきりした年代は分からないが,昭和40年ころのものだと思う。ここには,大清水から尾瀬沼の東を通って,沼山峠から御池小出に向かう「尾瀬・只見国際観光ルート予定線」が載っている。さらに(昭和43年夏全通予定)と書かれている。
 
沼山峠以北は,ほぼこの地図の通りに道路が建設され,既に利用されている。一ノ瀬と岩清水の間は,この地図に書かれているルートとは少し違うルートで建設が進んでいた。


 かつて,群馬県の戸倉と,福島県の檜枝岐を繋いだ車道を造るという計画があった。
 
昭和24年(1949) 公園利用計画の一つとして,県道沼田〜田島線の一部が,主要地方道大清水〜七入線として再確認され,以降建設に向けて準備が進んだ
 
昭和28年(1953) 尾瀬ヶ原一帯が日光国立公園特別保護地区に指定されたが,昭和39年(1964) 新潟,福島,群馬3県の建設促進会議で,特別保護区特別天然記念物地区に車道を通すことを要求,建設にむけて更に準備が進んだ。
 
昭和40年(1965)7月 御池〜沼山峠間が自衛隊により着工,(昭和43年8月完成)
 
昭和41年(1966)10月 大清水から奥の工事開始。
 
昭和42年(1967)12月 昭和24年の計画路線(大清水〜尾瀬沼畔〜七入の公園計画車道)を特別保護区外の小渕沢田代を経由するルートに迂回したものに変更。 上の地図は,計画変更後のもののようだ。
 昭和45年(1970) 御池〜沼山峠間開通。
 
昭和46年(1971) 一ノ瀬〜岩清水間の工事開始。同年7月,環境庁発足。同年8月,現ルートでの車道建設断念。同年11月,自然公園審議会が尾瀬の車道計画の廃止を決定,全ての工事がストップした。
 しかし,全ての計画が破棄されたわけではなかった。 
昭和47年(1972)群馬県は「尾瀬車道は大きく迂回して作りたい」と発表したり,昭和48年(1973) 一ノ瀬の三平橋上流に400台収容の大駐車場の建設を計画したりしている。また昭和56年(1981)には主要地方道大清水〜七入線国道401号に昇格している。この道のたどってきた歴史は,とりもなおさず,日本の自然開発と自然保護の歴史そのものである。

 2010年4月25日,尾瀬沼に行った帰りに,初めてこのルートを歩いてみることにした。

 この道路は,これ以上の崩壊を防ぐとともに,元の状態の自然に戻そうと,ボランティアによってブナの植林が行われている。この活動は平成12年(2000)から実施され,毎年行われている。


 工事が中止されて未完成のまま放置されたコンクリートブロック。この上に車道が造られるはずだった。



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