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至仏山・尾瀬ヶ原・アヤメ平 1999年(平成11年) 7月25日(日)-26日(月) |
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コース・タイム 7月25日(日) 宇都宮(4:40) ⇒ 金精峠 ⇒ 菅沼 ⇒ 鎌田 ⇒ 戸倉駐車場(6:30) 戸倉(6:50) ⇒(乗り合いタクシー)⇒ 鳩待峠(7:10) 鳩待峠(7:25) → 小至仏山(10:05) → 至仏山頂(10:50-昼食-11:30) → 山の鼻(13:40) → 東電小屋(15:45-泊) 7月26日(月) 東電小屋(7:22) → 竜宮(8:00) → 富士見峠(10:30) → アヤメ平(10:55-昼食-11:30) → 鳩待峠(12:55) 鳩待峠(13:10) ⇒(乗り合いタクシー)⇒ 戸倉(13:35) 戸倉駐車場(13:40) ⇒ 鎌田 ⇒ 金精峠 ⇒ 宇都宮(17:00) 同行者 キクさん夫妻,妻 |
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7月25日 私は,前日に職場の旅行で 松山道後温泉 から帰ったばかりで,まだ疲れは残っているが, 3時30分には起床した。 珍しく キクさん の来るのが遅い。約束の時間に10分ほど遅れて到着。キクさんの車に乗せてもらい,すぐに出発した。 戸倉発6時30分 のバスに乗るつもりだったが,途中意外と車が多く,思ったより時間がかかり, 戸倉の駐車場 に着いたのは6時30分を少し過ぎていた。戸倉では,駐車場も心配だったが,立派な駐車場があった。しかし,ほぼ満車 状態だった。ここが満車になると,少し上の戸倉スキー場の駐車場に止めさせるらしい。駐車場脇には, 乗り合いタクシー が待機しており,乗客がそろい次第に次々と出発している。料金は1人900円 鳩待峠 には既に多くのハイカーたちが集まり,出発の準備をしていた。私たちも, 朝食 のおむすびを食べて出発した。 ![]() 登山道 は,予想していたより整備され,ぬかるみなど殆どない。1時間半ほどで稜線に出ると,急に花が増え,思わず足を止めて しまう。 ![]() オヤマ沢ノ田代 の ワタスゲ ![]() オヤマ沢の田代 から少し登ると,そこは一面お花畑で,このお花畑は,頂上を後にするまで続いた。 目立ったのは, ハクサンイチゲ,シナノキンバイ,チングルマ,ハクサンチドリ, ウサギギク,ジョウシュウアズマギク,タカネバラ,ミヤマウイキョウ,ハクサンコザクラ,イワ イチョウ,タカネシオガマ,ヨツバシオガマ,イワギキョウ,ホソバノヒナウスユキソウ,クルマ ユリ,タカネナデシコ,ハクサンフウロ,タカネスミレ, ・・・・・ 小至仏山 から 至仏山 までは,大きな岩の林立する草付きの斜面で,そこに幾筋もの踏み跡が残っている。 10年以上もの間登山者の入山を禁止していたにもかかわらず,全くと言っていいほど回復して いない。 高山では,一度失われたものは容易には復元されないものなのだということを改めて認識した。現在の多くの登山者は,行儀 良くロープの中を歩いているが,中には,ロープを乗り越えて岩の上で昼食をとっているグル−プもあり,登山者の 「自分一人くらい」という認識は簡単には変わらないことも痛感した。 至仏山頂 多くの登山者で賑わっていた ![]() 至仏山頂 で 昼食 ![]() 振り返ると,歩いてきた 小至仏山 からのルートが見える。 ![]() 山頂から 尾瀬ヶ原 を俯瞰 ![]() 山頂に40分ほどいて,山の鼻に向けて下山を開始した。 (後日追記:当時は,現在のような一方通行は,実施されていなかった。) ルートは大変よく整備されていた。斜面には 階段状の木道 が設置されており,歩きやすくなっていたが,下りでは足への負担が大きい。 ![]() 頂上 から 山の鼻 への下りは,なかなかきつい。原が見えているのになかなか近づかない。約800mの高度差を一気に下るのだから,当然 でもある。 樹林帯へ入り少し下ると,突然 尾瀬ヶ原 が目の前に開けてくる。 山の鼻地区 について,30年前の記憶はあまりない。テントを張ったのは,河原のような大きな石がゴロゴロしていた所だったことだけ 記憶している。たぶん記憶していたとしても,昔の面影など残っていないだろう。 山の鼻 を出発する頃から,空模様が怪しくなってきたが,上田代の 牛ヶ首 少し手前でとうとう降り出した。ザックにだけカバーを付けてそのまま歩いた。こうもり傘を持ってこなかったことが悔やまれ る。尾瀬ヶ原では,こうもり笠が有効だ。雨もほどなくやみ,午後の太陽がじりじりと照りつけてきた。 三叉路 から ヨッピ橋 に向かって 東電小屋 への道を辿った。こっちの道は,メインストリートとは違い,ハイカーは殆どいない。 「熊出没注意」 の看板がやけに目に付く。真っ昼間から熊が出ることはないと思いつつも,気味が悪い。 足元には, キンコウカ,ミツガシワ,オゼコウホネ,ヒツジグサ,ナガバノ モウセンゴケ,ニッコウキスゲ,コバギボウシ,ヒメシャクナゲ,トキソウ,アサヒラン 等々,たくさんの花が咲き競っている。 東電小屋 には4時少し前に着いた。今年も4人で 個室 がもらえた。予約の時点では男女別の相部屋という事だったが,客が思ったより多くないようである。多分, 熊の出現が影響 しているらしい。部屋は本館の「わたすげ」6畳に1.5畳程度の板の間が付いている。 4時少し過ぎから 強い夕立 に見舞われた。もし,もう少し遅くなっていたら,大変なことになっていた。夕食は5時。食事中に夕立が上がり, きれいな 虹が架かった キクさんの 「あっ虹だ」 と言う声に食堂中のみんなが窓際に駆け寄り,しばし見入った。夕食後,尾瀬の自然を撮したビデオを見た。8時前には布 団に入って寝た。 7月26日 翌朝はやく目を覚ましたが,山小屋はすっぽりと 霧に包まれ 何も見えない。日が昇るにつれて霧が晴れていき, 至仏山 の頂上付近から見えだした。 朝食後, 竜宮 に向けて出発した。 ![]() 朝露の中を ヨッピ橋,竜宮 と進み, 長沢新道 を 富士見峠 へ向かった。 長沢新道 は,あまりメジャーなコースではないので,道の状態は良くないだろうと覚悟していたが,予想に反して状態は良かった。 峠から下りてくる何組かのグル−プとすれ違ったが,登っていくグル−プには会わなかった。下ってくるグル−プが 「富士山が見えるよ」 と教えてくれたが,私たちが着いた頃にはもう雲の中だった。 ![]() 覚悟して登ったせいか, 富士見峠 の小湿原まで,意外と早く着いた。 アヤメ平 で少し早い昼食をとった。 ![]() アヤメ平 ![]() アヤメ平 は,緑の再生が進められており,表土がむき出しの所は殆どなかった。35年前に来たときは,池塘の周囲は踏み荒らされ, 黒い表土がむき出しの状態だった。 アヤメ平 の保護のため,意図的に アヤメ平 のコースが登山案内から削除され, 富士見下 までの定期バスが廃止された。そのため富士見下から富士見峠を通って尾瀬ヶ原に行くハイカーの数は激減した。これが, 湿原復活に極めて有効だったのだと思われる。 アヤメ平から見る 燧ヶ岳と至仏山,景鶴山や平が岳 の姿は絶品である。 アヤメ平から 鳩待峠 までの下りは大きな問題もなく,道もいい。 鳩待峠の賑わいは,アヤメ平の静寂とは対照的であった。 ページトップへ |